紅色に染まる頃
第六章 美紅の信念
「ここはガーデンレストランをコンセプトとしています。四季折々のお花を眺められるガーデンの中央に、昔イギリスの外交官が住んでいた洋館を少し改装してレストランにしました」

紘から話を聞いた美紅は、伊織に自分が携わっている事業を詳しく紹介していた。

初めて会った和楽庵と同じように、小笠原が経営するレストランやカフェにはそれぞれコンセプトがある。
どんな経緯で何を特徴として作られたのかを、美紅は写真を見せながら伊織に説明した。

銀杏並木が美しい異国情緒溢れる街並みの一角には、フランスをイメージしたオープンテラスカフェを。

取り壊しが決まっていたとある古い教会は、壊されるのが忍びなく、買い取ってベーカリーレストランに改装した。

重要文化財に指定された歴史ある建物は、壁に飾る絵画やシャンデリアも一流のものを揃えた本格的な3つ星レストランに。

それぞれ個性が違う店で、そこにしかない雰囲気を味わえる。

伊織は写真を見ながら真剣に美紅の話に耳を傾けた。

そして実際にいくつか見て回りたいと言って、今はガーデンレストランを案内してもらっていた。

「このガーデンはいつしか写真スポットとしても有名になり、そのうちにウェディングフォトを撮りたいというお声も頂くようになったのです。それならと、ここで結婚式を挙げられるように、あちらにチャペルを建設致しました。気候が良ければガーデンでの挙式も可能です。レストランごと貸し切って、列席の方々とパーティーを開くことも出来ます」
「へえ、凄いね」

想像以上にスケールの大きな話に、伊織は感心するばかりだった。

綺麗に咲き乱れる花を眺めながら歩いていると、数人がじょうろで水やりをしているのに出くわした。

「たっくん、ここにもお水あげてくれる?」

車椅子に座った若い女性が、すぐ近くにいる男性に声をかける。
たっくんと呼ばれたその男性は、小さな歩幅で少しずつ花に近づくと、ぎこちなくじょうろを傾けて水をあげ始めた。

美紅が歩を進めると、別の女の子が美紅に気づいて大きな声で言う。

「みく、さ。こん、に、ちは」
「あいちゃん。こんにちは」

にっこり笑いかけながら、美紅がハキハキと返事をする。

(この人達は…)

伊織は、他の人にも目を向ける。
車椅子の女性の指示を聞いて、皆ゆっくりとした動きで水やりをしていた。

「みく、さ、ん。げん、き?」
「はい、げんきです。たっくんも、おげんきですか?」

美紅は一人一人と目を合わせて、丁寧に挨拶して回る。

最後に車椅子の女性と話し始めた。

「由香子さん、どうですか?最近のみんなの様子は」
「ええ、相変わらずみんな元気にしています。だんだん寒くなってきたから、少し体調崩す人も増えてきましたけど」
「そうですね。外での作業はなるべく早めに切り上げて、中で温かいスープでも飲みながら作業してくださいね」
「ありがとうございます。今はみんな、クリスマスのリースを作ったり、ツリーの飾り付けをするのに夢中なの」
「まあ、それは素敵!どうぞ楽しんでね」

にこやかに会話を終えた美紅が、伊織のもとに戻ってくる。
肩を並べて歩き出すと、伊織は控えめに尋ねた。

「あの、ここで作業しているあの人達は?その…」
「はい。障がいをお持ちの方々に働いて頂いてます」
「ボランティアではなくて?アルバイト?」
「いいえ、皆さん小笠原グループの特例子会社『四つ葉のクローバー』の正社員です」

えっ!と思わず伊織は驚きの声を上げる。

「正社員?ということは、月給制なの?」
「そうですわ。最低でも手取り15万円をお支払いしています」
「は?15万も?!」

美紅は伊織の反応に少しうつむいて思案してから口を開く。
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