紅色に染まる頃
第二章 嵌められたお見合い
「まあ、シズさん。お久しぶりね」
「きよさん、ご無沙汰しておりましたわ」

祖母が旧友との久しぶりの再会を喜ぶのを、美紅は一歩下がって微笑ましく見守る。

「美紅ちゃんも、相変わらずお綺麗ね」
「シズおば様、ご無沙汰しております。本日はようこそお越しくださいました」

そう言って美紅は風呂敷から、買って来たばかりの和菓子を差し出した。

「こちらは『京あやめ』の和菓子でございます。お口に合えばよろしいのですけれど」
「まあ、あの『京あやめ』の?嬉しいわ」

祖母の旧友のシズは顔を輝かせて受け取る。

「あのお店、駅からも遠い住宅地にあるでしょう?駐車場もないから、なかなか気軽には立ち寄れなくて」

どうやらシズも、隠れた銘店と言われる『京あやめ』を知っているようだった。

看板も暖簾もなく、普通の木造一軒家に見えるその店は、職人である店主の気まぐれで営業している。

ホームページなども、もちろんない。

店主いわく、上生菓子はその日の気温や湿度によって仕上がりが違い、納得いくものが出来ない日は営業しないのだとか。

美紅は、久しぶりに旧友と会う祖母に、一度『京あやめ』に立ち寄ってから行こうと提案した。

すると運良く、今日は見た目も美しい練切やこなし、錦玉羹や求肥が並んでいた。

10月にぴったりの秋らしさを感じられる品々に、祖母も美紅も感嘆の声を上げ、シズへの手土産だけでなく自分達の分もついついたくさん買い込んでしまった。

満足気に店を出て、車を停めていた近くのコインパーキングまで歩いて行く途中で通りかかったのが、あの公園だった。

(スーツの男性の言葉には少しムッとしたけれど、振り袖が汚れなくて良かったわ)

美紅は武家の血を引く旧華族の家柄に生まれた。

そのせいか、ああいった場面ではスイッチが入ったように闘争心が湧いてくる。

幼い頃、兄が習っていた柔道を美紅もやりたがり、護身術になるならと気軽に習わせ始めた両親は、いつの間にかメキメキと上達し、自分の背丈の倍程もある男の子を背負い投げでバタバタと倒すようになった美紅を見て、慌てて辞めさせた。

大人になった今でも、身体に染み込んだ柔道が抜けずに、ついつい技をかけたくなってしまう。

(完全に戦闘モードだったから、あの男性にも失礼なことを言ってしまったわ)

よく考えたら自分を助けてくれた恩人なのに、と今更のように思い返す。

(これからは、おしとやかに振る舞うように気をつけよう)

出来るかしら?と一瞬考え、せめて和装の時だけでも、と苦笑いしながら付け加えた。
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