紅色に染まる頃
「美紅ちゃん、バルコニーに行かない?」

食事と歓談の時間になり、三人でおしゃべりしながら美味しい料理を味わった後、エレナがカクテルを片手に美紅を誘った。

紘は顔見知りの仕事の関係者と話し込んでいる。

美紅はエレナと一緒に、開け放たれたドアからバルコニーに出た。

ヒーター付きのパラソルがあり、寒さは感じない。
程良くひんやりとした風に当たりながら、エレナと二人でベンチに座ってお酒を飲む。

「伊織さんって、こうして見るとやっぱりかっこいいわね。まだ若いのに、あんなに堂々とマイクで話していて。彼、いくつなの?」
「えっと確か、28歳とうかがったような…」
「ふーん、私より2つ下かあ。紘の5つ下ね。私が初めて紘に会ったのは、紘が28の時だから、ちょうど今の伊織さんと同じね。その時から紘は格別にかっこよかったなあ」

思い出したようにうっとりするエレナに、美紅はずっと疑問だったことを聞いてみた。

「エレナさん。兄さんとの結婚は考えていないの?」
「もちろん考えたわよ。プロポーズもしてくれたし」
「え!じゃあ…」

思わず身を乗り出すと、エレナは少し哀しそうに笑う。

「お断りしたの。大好きだけど、結婚は出来ないって」
「え…。ど、どうして?」

意外な言葉に美紅は驚きを隠せない。

「美紅ちゃん。あなた達は由緒正しい小笠原家の血筋よ。そんなところにフランス人のハーフの血を混ぜる訳にはいかないわ」

思ってもみなかったエレナの言葉に、もはや美紅は呆然としてしまう。

「そ、そんな。兄さんはなんて?」

なんとか言葉を振り絞ると、エレナはまた少し哀し気に笑った。

「納得いかないって。諦めないからって。でもね、やっぱり私はどうしても彼と結婚出来ないの。してはいけないと思うから。なんて、それならさっさと身を引かないとね。分かってるんだけど、どうしても離れられなくて…。ずるいわよね、私」

そう言って、揺らしたグラスを見つめる。

「潔く彼の前から消えなきゃいけないのに。もう少し、あと少しだけ一緒にいたい、そう思ってしまうの。せめて今年のクリスマスは一緒に過ごしたいって。年が明けたらお別れするわ」
「そ、そんな、エレナさん!」

止めようとする美紅の言葉を振り切るように、エレナは立ち上がった。

「さ、この話はもうおしまい。紘には内緒にしててね。笑顔でお別れしたいから」

そう言うとエレナは、バルコニーの手すりにもたれて外を眺める。

美紅はエレナの背中を見つめたまま、立ち尽くしていた。
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