紅色に染まる頃
ピアノの前に座ると、美紅が期待に目を輝かせながら伊織に寄り添う。

軽く鍵盤の上で手を遊ばせて音を出してから、伊織は何を弾こうか少し考えてから、両手をそっと構えた。

ゆったりと弾き始めた曲は『Let it be』
わあ…と微笑んで、美紅は両手を胸の前で組んで聴き入る。

サラッと前髪を揺らしながら伏し目がちにピアノを弾く伊織の横顔は、大人の男性の魅力に溢れている。

美紅は心に響いてくるメロディとピアノを弾く伊織の姿に、うっとりしながら耳を傾けていた。

やがて伊織が弾き終えると、美紅は笑顔で拍手を送る。

伊織はうやうやしく右手を胸に当てて会釈した。

「お返しに君も弾いてくれる?」
「え?」
「俺も聴きたいんだ。君の演奏を」

そう言って、ピアノの前を美紅に譲る。
美紅は少しためらってから頷いた。

椅子に座り、何を弾こうかと考えた時、ガラス張りの窓の向こうにキラキラと輝くイルミネーションが見えた。

美紅は微笑むと、スッと両手を鍵盤に載せる。

弾き始めたのは、この季節にぴったりな
『White Christmas』

伊織はグランドピアノの縁に片肘を載せて、美紅の楽しそうな表情を眺めながら、演奏に聴き惚れていた。
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