幼なじみがフラグ回収に来ました

3章

〜前回のあらすじ〜
 まさかの異世界召喚!
 
「リオ様ようこそおいでくださいました。こちらは魔族国の王宮で、ライマ様の居住区域になります」
 居住区域ってなに? 街か何か?
「王宮ってことは、ライマくん王様かなにかの?」
「ライマ様は現王の第三王子でございます」
「王子さま……。なんで、こんな急に……。突然連れてくるなんて、もしかして私は食料になるの?」
 私は最悪のシナリオを思い描き、血の気が引いた。
「いや、人間食ってもマズいんで」
 遠くから小さく男の人の声で聞こえた気がするけれど、空耳かもしれない。少なくともそんな口調の人はこの中にはいなさそうだった。
 帰って晩ご飯の準備をしてママの帰りを待たなきゃ。そんなことを考える。そう、これは現実逃避だ。
 意識はずっとギリギリのところで保っている。
 呼吸は浅いし、視界も狭いことは自覚していた。
 私の様子がおかしいことに気がついたライマくんは、「驚かせるつもりも悲しませるつもりもなかったんだけど、ごめんね。今日は戻ろう」と私の背に手を回して支えてくれた。
「わたくしも参ります」
 お姉さんの方が一歩前に出てきたけれど、ライマくんは「大丈夫だ」とだけ言った。
 辺りはまた霧の中のようなモヤに包まれる。
 瞬きをすると、そこは私の家の玄関先だった。
「体調が心配だから、あがらせてもらっていい?」
「全部ライマくんのせいなんだけど……」
 私が青ざめながら小声で言うと、ライマくんはあははと笑った。
 笑い事ではない。
「りおちゃん本当に昔と変わらないね」

 鍵を開けて家に入る。リビングまで行きソファに座り込むとようやく人心地ついた。
 まさか家に無事帰宅できるとは思わなかった。あのまま取って食べられるのかと思った。
 ライマくんは人間ではなかったのだ。
 あの赤い瞳を見た時、私はしっかりと恐怖を感じていた。それは本能だったのかもしれない。
 なのに、私はライマくんに支えられている背中が暖かくて少し安心している。家だから、というのもあるけれど、ここまで気をしっかり保っていられたのはライマくんの手のお陰のような気がしている。
「それで、ぼくは本当は人間じゃないんだけど。それでもりおちゃんと結婚したいんだ。ゆくゆくは王宮に帰らないといけないけど、慣れるまでは人間界で2人で暮らせばいいよね」
 ライマくんの中ではもうすでに私がOKの返事をした事にでもなっているのだろうか?
「ライマくんの眼が赤かったのは、私の見間違いではなかったんだね」
「気が高ぶると眼が赤くなるんだ。訓練して赤くならないようになったけど、この前は久しぶりのりおちゃんに興奮しちゃって。怖がらせてごめんね」
「小さい頃からそうだったの? 私は見たことなかったよ」
 そんなに毎日遊んでいたわけではない。たまに公園で会うお友だちの1人だった。そんな記憶だ。
「眼が赤くなるようになったのは13歳くらいの頃からかな。魔族ではよくあることだよ。大体はそのままだけど、ぼくはりおちゃんと結婚するために訓練したんだ」
 それなら私が知らないのも頷ける。いや、だからといって絆されてはダメだ。
 そう思えるということは、落ち着いてきたからだろう。倒れずに済んでよかった。
「ライマくんのこと、ちゃんと教えて。結婚の約束も小さい頃の子どもの約束だし、勝手に話を進めたり勝手にどこかに連れ去るのはやめてほしい」
 こういうことは強気で言わなければ。ライマくんの目は真っ直ぐ見れなかったけれど、私は少し声を硬くして言った。
「急に連れて行ったことは悪かったよ。本当にごめん。でもりおちゃんに信じてもらうには、あれが一番手っ取り早いと思ったんだ」
 ライマくんはまたしょげた犬のように頭を下げた。
「子どもの頃、人間界に落っこちてきたことがあった。尻もちをついて泣いていたら、女の子が助けてくれたんだ。それがりおちゃんとの初めての出会い。覚えてる?」
 私は首を横に振る。覚えていない。
「ぼくはそれからよく人間界に遊びに来た。りおちゃんに会うために。ほかの子どもたちとも一緒に遊んだりして楽しかったけど、よく泣かされた。ぼくは泣き虫だったからね。りおちゃんはいつも泣いてるぼくを慰めてくれたよね」
 それは覚えている。覚えていることには、うんと頷いてみせる。
「人間界に暮らす魔族も結構いるんだよ。だからぼくも人間界で人間のように暮らしてりおちゃんと結婚するつもりでいたんだけど、やっぱり王子には許されないって言われちゃった」
 またしょんぼりしてみせるライマくん。なぜそんなに可愛い仕草が似合うのか。美形は何をしても様になるということなのか。
「再会して、やっぱりりおちゃんしかいないって思ったんだ。ずっとりおちゃんのこと考えてた。大きくなったりおちゃんはどれだけ美人になっているかなとか」
 ふっと微笑んだと思ったら、急に「ちょっと待って」と顔を青くする。
「もしかして、ぼくの他に好きなやつとかいるの……? ちっとも想像しなかったけど、これだけ可愛いんだから絶対りおちゃんのこと好きなヤツいるじゃん」
 ライマくんの百面相にびっくりしつつ、その発言にも驚く。ライマくんも私と一緒で思い出を美化しすぎだし、私のことを美化フィルターをかけて見ているに違いない。
「私告白されたこと無いし。美形のライマくんに可愛いとか言われてもお世辞にしか聞こえないよ」
 ため息混じりで言うと、ライマくんは眼力を強めた。正直に言って怖い。
「お世辞なんかこれっぽっちもないよ。そんなこと言うなんてりおちゃん鏡見たことある?」
「自覚してるからそう言ってるんだよ……」
 そんなことを言われると、まるで私が捻くれているようではないか。
「そういえば、おじさんおばさんも王様とお妃さまってことだよね? 私そんな偉い人たちに遊んでもらってたの?」
 私の外見については話を逸らさせてもらう。
「りおちゃんと遊んでいたのはさっき会った2人だよ」
「え?」
「あの2人には人間界に付き添ってきてもらってたんだ」
「うちのママ、ライマくんのお家に話に行くって言ってたんだけど……」
「人間界では保護者扱いだから問題ないよ。五十嵐も偽名だし」
 そうなんだ、で納得のできる事ではなかった。なぜこんなにも驚かされなければならないのだろうか。あの魔界の王宮へ行って帰ってきた経験をした後でも驚かされることが山ほどあるとは。
「もう、頭がパンクしそう……」
 つい口に出た言葉に、ライマくんがふふっと笑った。
「りおちゃん、ぼくにはりおちゃんだけなんだ」
 そんな私にライマくんは畳み掛けてくる。これ以上はもう少し頭を整理させてからにしてほしい。
 そう思っているのに、ライマくんは私の頭を撫で始める。
「小さい頃たくさん慰めてもらったように、今度はぼくがりおちゃんをたくさん甘やかしてあげるよ」
 ライマくんを見ると瞳が揺らいでいた。赤くなるのかな。
 私の頭もぼーっとしてきて、撫でられるがままになってしまう。心地よくて、どうしてか動けない。
 ライマくんの手が頬を撫で、包み込む。
 甘い香りがして、揺らぐライマくんの瞳に吸い込まれそうになる。怖かったけど、あの赤い瞳は綺麗だった。
 私の唇をライマくんが撫でる。
 なぜ私は拒まないんだろう。
 ライマくんの唇が近づいてきて、あぁキスされてしまうんだとわかった途端に瞼を閉じた。
 そっと、唇が落ちてきたのは閉じた瞼だった。
 その瞬間。ガチャリと玄関のドアの開く音がして。
「ただいまぁ。ライマくんいなかった〜」
 ママが帰ってきてしまった。
 どうしよう、晩御飯の準備も何もしてない。
 それよりも私は1人なのにライマくんを家に入れている!
「莉緒、お友だち?」
 明らかに男の子の靴が玄関に置いてあれば、ママだって怪しむはず。
 ライマくんの顔を見ると、「大丈夫だよ」と唇に人差し指をたてた。
「お、おかえりなさい」
 リビングに入ってきたママは怖い顔をしていた。
 そりゃそうだ。
「りおちゃんのお母さん、お久しぶりです。ライマです。お邪魔してます」
 ライマくんがママを迎えに行った。ライマという名前を聞いた途端に、ママの顔色が変わる。
 ライマくんの頭のてっぺんから足元まで満遍なく眺めてから(さすがに失礼だよと思った)にっこりと笑った。
「ライマくん久しぶり! すごいイケメンになってておばちゃんわかんなかった〜」
 恥ずかしいくらいの態度の違いだ。
「元気だった? 立派になって……。昨日莉緒から、ライマくんが日本に戻ってきて、しかも同じ学校だって聞いてお家を訪ねたんだけど。来てくれてるなら話は早いわ」
 ママは早速話を始めようとするけれど、時計を見たら良い時間だ。私はご飯のことが気になりすぎて話に割り込んだ。
「ねぇママ、晩ご飯の準備してないの……」
「やだ、莉緒ったらお茶も出さなかったの? 久しぶりで浮かれてるのよ。私もだけど。ライマくんも一緒に食べましょう。今から用意するんじゃ大変だし、そこでお弁当買ってくるから」
 そう言ってママはスキップでもしかねない足取りで近所のお弁当屋さんに向かって行った。
「ママ、ライマくんは海外に行っていたと思ってるんだけど」
 本当は人間には辿り着けないもっと遠いところ。
「ナイショにしておいて」
 ライマくんはウインクをしてみせる。
 なんなのそれ、息ができなくなる。
 しばらくしてママが帰ってきて、3人でお弁当を食べた。出来立ての美味しいお弁当だった。
 ママはライマくんに自分の海外転勤で私が日本で生活することを心配していると話した。
 ライマくんは、「それならぼくと一緒に住めばいいですよ」と提案する。
「一緒には住まないよ!?」
 私は慌てて否定する。まだライマくんと私はどんな関係でもない。ただ子どもの頃、結婚の約束を交わしただけだ。私は今のライマくんを好きというわけでもないし、未成年だし。
「一緒に住んでくれるとママも安心なんだけどなぁ。でも莉緒がそう言うなら、ライマくんにたまに遊びに来てもらえばいいんじゃない? 晩ご飯を食べにきてもらうとか、学校がない日はご飯を食べにきてもらうとか」
「ご飯の話ばかりじゃない。そんなに無理やりライマくんを来させなくても大丈夫だから。私もう高校生だよ」
 ご飯のことが気になるのは私も同じだから、これはママ譲りなのかもしれない。
「1人のご飯って寂しいじゃない。莉緒を残していく私が言うのもなんだけど」
「ぼくはそれでも全然構いません。りおちゃんと一緒に過ごせるなら」
 ライマくんはものすごくいい笑顔をしていた。外堀を埋めようとしている。
「じゃぁそう言うことで。ライマくんに鍵預けるようにするからね。私がいない間、莉緒のことよろしくね」
 ママは1週間後に旅立つという。また急な話だ。
 なぜこの人たちは私の意見を聞いてくれないのだろう。心配なのはわかるけど。
 マンションの入り口までライマくんを送って行った。
「こっちのお家はどうなっているの?」
「国につながっているよ。だからこっちとあっちの二重生活ができるんだよね。まぁ全部りおちゃんのためにあるんだけど」
 なんだかものすごく重たいものが詰まっているような。
「そ、そうなんだ」
 返答に困っていると、ライマくんが私の耳元に顔を寄せた。
「一緒に住む日を楽しみにしているよ。おやすみぼくのりおちゃん」
 そう言ってチュ、とリップオンを残し去って行った。
 なんなのこの人!
 私だけなんて言いながら、絶対恋愛経験豊富なやつじゃない!
 
 
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