ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
 警察沙汰は会社のイメージを損なう。ましてや御曹司が誘拐されたなどという醜聞はよろしくない。
「意味……」
「わからないか」
 嘲るように言い、彼はスマホを取り出す。
 桜空は言い返せず、うつむいた。
「俺だ。調べてほしいことがある。今いるのは……GPSでわかるな? ホテルの周りを見張っている人間がいるはずだ。そいつらを取り押さえろ」
 彼はどこかへいくつかの電話をしていた。
 桜空はその間、ベッドで無言で座っていた。
 電話を切った連は桜空をしげしげと見下ろす。
 彼女は虚ろな目で空を見つめていた。20代半ばだろう。パーティー会場の従業員に似た服を着て、乱れた長い黒髪を直そうともしない。痩せて肉付きは悪く、手は荒れていた。隠しきれない目の下のクマから日々の疲れを感じさせた。
 しばらくして漣のスマホが鳴る。
 報告を受け、わかった、と答えて切った。
「お前は殺される予定だった」
 桜空は体をびくっと震わせた。
「誘拐の教唆犯は俺とお前を心中に見せかけて殺すつもりだった。主犯はまだだが下っ端は捕まえた」
「警察に……」
「警察には行かないと言っている。お前のスマホをよこせ」
 桜空はおずおずとスマホを渡す。
「俺はここを出るが、お前は残れ。勝手に出たら家族がどうなるか、わかるな?」
 桜空は涙をこぼして彼を見上げる。
 漣は舌打ちした。
 いちいちうっとおしい。
 漣は忌々しく思いながらホテルを出た。

 桜空は翌日まで放っておかれた。
 迎えに来た漣は不機嫌を隠そうともしなかった。
「お前のほうの片はついた。電話してみろ」
 スマホを渡され、戸惑いながら父に電話をする。漣の指示でスピーカーで話した。
「桜空?」
 困惑した父の声が聞こえた。
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