ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
「お父さん、無事? お母さんは?」
「無事ってどういうことだ? お母さんは隣にいるぞ。どうして昨日は帰って来なかった?」
 困って漣を見上げると、漣ににらまれた。
「友達のところにいて、あの、借金なんだけど……」
「なんとかなった。心配かけて申し訳ない」
「なんとか?」
「貸金業者の社長が急に変わって月々の返済額の見直しをさせてもらえた。払い過ぎていた分もあって少しは借金も減った。これならなんとかなる」
 桜空は、はああ、と長く息をついた。
「良かった」
 あとはあたりさわりのない会話をして電話を切った。
 直後、おなかがぐうう! と大きな音を立てた。
「みっともない」
 軽蔑するような漣の目に、桜空は顔を赤くした。
「昨日から食べてなくて。お金ないですし」
「バカなのか」
 冷たく言われ、桜空は首をすくめた。
「お前の父親が借金している会社の社長は俺になった。つまり俺はお前を助けた。わかるな?」
「はい」
「主犯を捕まえるのに協力しろ」
 桜空は目をしばたいて彼を見た。
「目星はついている。そいつに嫌がらせをするからお前は恋人の振りをしろ。俺のことは漣と呼べ」
 意味がわからなくて、桜空はぽかんと彼を見つめる。
 くくっと漣は笑った。

 部屋を連れ出された桜空は、歩幅が広く早足の漣に小走りでついていった。
 ホテルの出口で男性が待っていた。
「車は駐車場に入らなかったので外にあります」
 言われた漣はまたスタスタと歩き出す。
「群咲桜空様ですね。私は秘書の百田和志(ももたかずし)です」
 彼は歩きながら名乗った。桜空はどう返事をしていいのかわからず会釈した。
 大きな黒塗りの高級車が待っていた。ビエントリー社のリムジンだ。妙に長い、と桜空は驚いた。
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