【短】鏡を割ったって、其処に写った自分が消える訳じゃない…


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下らない、始まりの瞬間をほんの数秒頭に散らかしていた。

けれど、氷の深淵よりも冷たくなった言葉を、冷静にそう告げた後、彼から目線を外して床を見つめると…コツ、と半歩彼が近寄ってくる気配がする。
私は視線をそのままに、そんな彼から一歩、また一歩、と後退る。


「麻也…逃げないで…」

「嫌よ…それは聞けない」

「待って…」

「そんな顔しないで…もう何も考えたくない。頭がおかしくなりそう」


私はそう言って彼へと視線を上げた。


「嫉妬させたいなんて、子供じみた真似を繰り返して、私を散々傷付けて…それは、そんなに楽しかった?…自分勝手過ぎるわよね…。私が一人でも大丈夫?ねぇ?そんな事、一体、何時、誰が言ったの?」


睨めつけるように、けれどもう全てを諦めた感覚で私は言い放つ。
彼はその言葉に、顔を真っ青にしたまま口を開き掛けては、何か言おうとはくはくと口を動かした。


「言い訳はいらない。もう、どうでもいいの。終わった事だから」


「待って、麻也…」


手を伸ばしてきた彼からまた距離を取った。
そして、頭を振る。


「でもね?けして越えてはいけない一線と言うものが、あるのよ、人間の感情には。和哉、貴方は何がしたかったの…?周りの皆にチヤホヤされて、舞い上がった?私の嫉妬を駆り立てたいと背徳感に溺れた?そんなの、私を傷付けていい口実にはならない。悲しいね…汚いね…和哉は汚い。狡いとかじゃない。もう、貴方は汚れ切ってる。そんな人と……これ以上一緒にはいられません。…だから、さよなら」


矢継ぎ早に今まで言えなかった分の、言葉を吐き出して私はくるりと彼から背を向ける。


そして、何度も名前を呼ばれる事を拒むようにして、その場を足早に走り去った。


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