【短】鏡を割ったって、其処に写った自分が消える訳じゃない…


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事の発端は…小さなすれ違い。

付き合ってから、もうすぐ3年目となる。
そろそろ結婚の文字をチラつかせてもいいんではないか?と思って相手からの動向を見守っていた。

そこから、はたと気付く。


あれ…。
私、何時からあの人に名前を呼んでもらってないのか、と。


そして、なんとなく…あぁ、これが所謂世間で言うところの「倦怠期」というものか、とも思った。

それでも、そんな物はすぐに溶けて無くなるだろう。
私はそう言い聞かせ高を括っていた。


けれど、人生とは時として酷く心を掻き乱し、血を吐くような試練を与える。

まさに、今がそうだった。


「…また、か」


会社のサークルみたいなもので、フットサルをしている和哉は、交友関係が広い。

だからなのか、何時も何時も私の事は後回し。
私は、ただ…彼からのアクションを待つばかりだった。

それがいけなかったのかもしれない。
倦怠期…なんて言葉に甘えて、そんな微温湯に浸かって、もしかしたら私から壁を作ってしまったのかもしれない。


「あのさ、今日の予定キャンセルしてもいいか?」

「…え?」

「悪い、なんか七穂(ななほ)が熱出したらしくて…この埋め合わせは必ずするから!」

「…ちょ…待って、…って、もう切れてるし…」


七穂さんというのは、和哉の幼馴染だ。
それも腐れ縁とも言える程、長い付き合いで…家族ぐるみで何処かへ行くくらい、仲がいい。

けれど、もう社会人になって何年も経っているのに、何時までもこうして何かある度に和哉を頼るのは如何なんだろうか。

私という恋人がいると知りながら…。

けれど、一度だけ見掛けた七穂さんに、私は「あぁ」と納得したんだ。

彼女は心から和哉を愛してるのだ、と。
そして、人の気持ちに敏い和哉も…それを察しているのに手を離さないという、残酷な現実も。


彼はとても真面目だ。
仕事が大好きで、その為なら過労死しても満足だと言うくらい。
そして、次に値するのは幼馴染に…フットサル。
…それから、その仲間達。


何時だって、私の優先順位はずっとずーっと下。

それに気付いてからは、もう彼に期待をしなくなった。

どうせ、私なんか居ても居なくても同じだろうと。
だって…彼の言う「埋め合わせ」は一体何時になるのか分からなかったから。


そして、結婚という文字も私の頭の中から消えてなくなった。
まだ同棲をしていなくて良かったな…。
そんな風に冷静に思ったのは、もう何度約束を反故された時だっただろうか?


今となっては分からない。


確かに、好きだった。
愛していた、そう、其処に「愛」というモノが存在していた。


なのに、如何してだろう。


虚無感に押し潰され、泣く事も怒る事も出来なくなってしまったのは?


彼を信じられない。
それを否定して否定して…何度も。
けれどその結果気持ちばかりが空回りして…何時しかこの現象に不安材料を心へと鉛のようにぶら下げたまま、彼の事を信頼出来なくなり、…如何やっても否定が出来なくなってしまったんだ。


歯痒い気持ちは、何時だって火種を持ってこの心を燻らせる。
如何したら、此処から這い出せるのかさえ…分からず。
更には息の仕方を思い出せないくらい深淵へと心を沈ませて、毎晩の様に悪夢に魘されるまでそう時間は掛からなかった。


徐々にお互いに名前を呼ぶことも少なくなり、逢う時間もかなり減った。
そして…そう言えば最近は彼の部屋にも行っていない事を思い出す。


鈍色に光った彼の部屋の鍵は、私のキーケースでは無く…初めてのデートで行った植物園のキーホルダーに付いていた。


きっと、もう既にこの段階で私は彼の起こすリアクションに気付いていたのかもしれない。


「ふ、馬鹿みたい…」


彼に渡した私の部屋の鍵は、一度しか使われた事がないのに。
なんで、今頃になってそんな些細な事を念頭に置いて、付き合う覚悟を決めなかったのか、なんて…私は一人自嘲の笑みを溢す。

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