捨てられ秘書だったのに、御曹司の妻になるなんて この契約婚は溺愛の合図でした
「もしかして、凛ちゃん?」
その日の帰宅途中、すれ違いざまに背の高い男性から声を掛けられた。
自分をそんなふうに呼ぶ男性に心当たりがなく、凛は警戒しながら声の主を仰ぎ見た。
「やっぱり、立花凛ちゃんだよね」
ふわりと穏やかに微笑んだ男性の表情に、幼い頃の記憶が蘇ってくる。
「……あ、修ちゃん?」
「よかった、覚えててくれたんだ」
声をかけてきた男性は阿部修平。凛の実家の近くに住んでいた幼なじみで、高校の合格祝いにリュミエールのリップをプレゼントしてくれた張本人だ。
小学校の登校班が一緒で、六年生の修平は一年生だった凛の面倒をよく見てくれた。
五つも離れているため特別に仲がよかったというわけではなく、彼が中学に上がるといつしか疎遠になっていったが、母親同士の交流は続いていたため、大学を出た後は同じ都内でひとり暮らしをしているという情報は凛の耳にも入っていた。
けれど実際に会うのは久しぶりすぎて、自分が彼に対してどんな口調で話していたのかも曖昧で、ついたどたどしい返しになってしまう。