捨てられ秘書だったのに、御曹司の妻になるなんて この契約婚は溺愛の合図でした

凛が固まっていると、亮介がゆっくりとこちらに視線を向ける。その眼差しからはなんの感情も読み取れず、彼が凛を疑っているのか信じてくれているのかすらわからない。

ライバル会社に新ブランドの情報が流れ、先に類似商品をプレス発表されてしまった今、一刻も早く情報を集め、対策を練り、実行していかなくてはならない。新ブランド発表までもう二ヶ月もないのだ。現段階で一番疑わしい凛をそばにおいていては、チームに士気に関わり迷惑をかけてしまうという判断だろう。

結婚の約束をしている相手だろうが関係ない。凛の無実が証明できない以上、無条件に庇うわけにいかない。亮介はそういう立場にあるのだ。

そう頭では理解していても、胸が激しく痛み、うまく息継ぎができない。

大変な時に秘書として亮介のそばで支えられないことも、あっさりとこの場から退場を言い渡されたことも、優しい言葉や眼差しさえ与えられなかったことも、凛は自分でも思っていた以上にショックを受けた。

けれど亮介の言う通り、今は犯人探しをしている時ではない。ここで凛がごねて対策が遅れては、スパイの思う壺になってしまう恐れがある。

「……承知しました」

凛は持ち前の我慢強さで感情を圧し殺して一礼すると、亮介はなにかに耐えるように苦しげに眉間に皺を寄せている。その意味を考えないように無心で荷物をまとめて秘書室を出た。

恵梨香や先輩秘書が一様に心配そうな顔をしていたから、凛は気丈に大丈夫だと頷いてみせる。その際に視界の端に入った孝充だけが勝ち誇った顔をしてこちらを見ていたのに、凛は気付かないフリをした。

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