捨てられ秘書だったのに、御曹司の妻になるなんて この契約婚は溺愛の合図でした
すぐ目の前に美麗な顔があり、じっとこちらを見つめているのだ。ドキドキするなという方が無理だった。
亮介がブラシを滑らせ、凛の唇を朱く染めていく。その間、まるで金縛りにあっているかのように動けない。どこを見ていたらいいのかわからず、ひたすらに視線だけを彷徨わせた。
たった数秒の時間がとてつもなく長く感じられ、息を殺しているせいか自分の鼓動がやけに大きく感じる。
「あぁ、いい色だ。発色もいいしツヤも綺麗にでるな」
至近距離で唇を見つめられ、コクンと喉を鳴らしてしまったのに気付かれたのではないかとそわそわして落ち着かない。
しかしふたりきりではなく、開発部の社員がいる前で変に意識した素振りを見せればおかしく思われてしまうと必死に平静を装った。
「蜂蜜エキスやヒアルロン酸など美容液成分の処方にこだわりましたので、皮向けなどもかなり少ないかと思います」
「タイアップの限定色の資料はあるか」
「はい……あ、いえ、失礼いたしました。今手元になくて……申し訳ありません、すぐにお持ちします」
「あぁ、わかった」
亮介が立ち上がった瞬間、凛は詰めていた息をはあっと吐き出す。