捨てられ秘書だったのに、御曹司の妻になるなんて この契約婚は溺愛の合図でした
議事録やスケジュール調整どころか、同席すらできなかった。自己嫌悪で崩れてしまいそうだが、気力と脚に鞭打ち亮介の元へ向かう。
すると彼は異様な空気を放つ秘書室を見渡し、デスクで唇を噛む孝充を一瞥したあとで芹那に視線を向けた。
「騒がしい声が廊下まで聞こえていた。仕事をする気がないなら、然るべき手続きをして退職を早めたらどうだ」
「そんな……違いますっ」
冷たい眼差しを向けられた途端、芹那は虐げられた悲劇のヒロインのように瞳を潤ませて亮介を見つめた。
「やる気がないわけじゃないんです。私、実は妊娠していて……」
「知っている。だからなんだ」
うるうるした上目遣いにも、亮介は表情ひとつ変えずぴしゃりと撥ねつける。芹那は自身の武器の効果がないと知ると表情を一変させ、じっと亮介を睨みつけた。
「……妊娠したからって退職を勧めるなんて。そういうの、マタハラっていうんですよ」
「俺は妊娠した女性に退職を勧めているわけじゃない、仕事を仕事と思わない君に言っているんだ。うちは女性社員が多く、ワークバランスを重要視している。産休育休の取得率や復職率は国内企業で五本の指に入るし、時短勤務ができる環境も整っている。君の言動は、そうした制度を使って賢明に働くすべての女性を貶めるものだ」
「……意味がわかりません」
「ならばわかりやすく言おう。出社しているにもかかわらず妊娠を言い訳に仕事をしないのは、妊娠しながら働いている女性社員に失礼だし、周囲の人間にとっても迷惑だ」