捨てられ秘書だったのに、御曹司の妻になるなんて この契約婚は溺愛の合図でした

「そうよ! リュミエールの副社長ならわざわざ妊娠したって嘘つかなくてもパパだって認めてくれるはず! 孝くんとの妊娠は勘違いだったって私からパパに説明すればいいわ」

これにはさすがの孝充もガタンと音を立てて立ち上がり、青くなっている。婚約者である芹那が仕事を放棄する自分勝手な言い分を喚くばかりか、妊娠は嘘だと言い放ち、さらに目の前で自社の副社長に迫っているのだ。

フフッと可憐に笑って見せる芹那の非常識な言い分を、凛はただ呆然と聞いていた。貿易会社の重役令嬢で世間知らずのお嬢様だとは思っていたが、まさかここまでとは。

それに、自分以外の女性が亮介に迫っているのを見て単純に嫌だと思った。独占欲が芽生え、彼をとられたくないと心が叫んでいる。

亮介の様子をそっと窺うと、苛立ちや嫌悪感を隠しもしない表情で芹那を見ていた。

「随分と自分に自信があるようだが、君が立花よりも優れていると思うところなど、ひとつも見当たらない」
「なっ……そんなわけないじゃないですか! 誰に聞いたって地味な立花さんよりも私の方がいいって言うに決まってます!」
「少なくとも俺は君の容姿や家柄に魅力を感じないし、社会人としての常識がない君と話すのは時間の無駄だと思っている。そもそも秘書らしい仕事とはなにを指しているんだ。ただ重役に付き従いチヤホヤされたいだけの〝秘書ごっこ〟がしたいのなら他所でやってくれ」

亮介がバッサリ切って捨てると、芹那は顔を真っ赤にしている。

「サイテー! 私の魅力がわからない堅物なんてこっちからお断りよ! パパが社会勉強だって言うから秘書くらいならしてもいいって思っただけなのに、どうしてこんな風に責められないといけないのよ!」

芹那が怒り狂って秘書室から出て行ってしまうと、その背中を見送っていた視線は亮介や凛、そして孝充へ集中する。

室内がシンと静まり返る中、声を発したのは亮介だった。

「騒がせて悪かった。みんな仕事に戻ってくれ。立花、行くぞ」

凛は無言で頷き、亮介のあとへ続いた。その際、孝充が視界に入ったが、彼はもう青褪めた様子はなく、ただ悔しそうな様子で俯き、口を引き結んでいた。


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