キミと掴む、第一歩。
「これどーする? 朗読会でもする?」
「いいねぇ。ヒーロー役は瀬尾にでも頼もーぜ」
「さんせー」
「どんな顔するかな、シクラさ────」


 その時だった。フワッと耳が塞がれて、何の音も聞こえなくなる。お花のような、優しい香りがした。


「いいよ。聞かなくて」
「え……っ」
「まっすぐ俺見て、名前呼んで」


 わたしにしか聞こえない声で、そっと呟いた彼は。


「瀬尾くん……っ」


 すごく、すごく。

 ────優しい顔をしていた。



「史倉」
「……っ」
「大丈夫だから、安心して」


 そう言って、ひだまりみたいな笑顔を浮かべる瀬尾くんを見ていると、不思議と心が穏やかになっていく。荒れていた波が静まって、凪みたいな状態になる。


「俺と一緒に頑張らない? もう言われてばっかりはイヤでしょ」
「いや、だけど……っ」


 ぎゅっと唇を噛みしめる。こんな大人数とたたかえる自信なんて、わたしにはないから。


「俺がいる。言ったでしょ、俺は過去のやつらとは違うって」
「……でも」
「信じていいよ、雪莉」


 繋がれた、手。じわじわと伝わりゆく体温。
 気持ちのこもった、名前呼び。


 彼なら。彼となら、この状況を乗り越えることができる。不思議と力がみなぎってきた。



「じゃあ、いくよ」
「うん……っ」


 ガラガラっと音を立てた戸に、すべての視線が集まる。男子たちはニヤッと口角を上げ、女子たちは気まずそうに目を逸らした。
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