気高き暴君は孤独な少女を愛し尽くす

.



「蘭野さん、今……なんとおっしゃったのかな」


向かいに座る男性に、父が戸惑いの声をあげている。

私は妙に冷静にその会話を聞いていた。



「ですから、婚約の話はなかったことでお願いしたい、と」

「……ま、待ってくれ蘭野さん。いったいどういうつもりで──」

「つい先日、また別の家から縁談の申し出を受けましてねぇ。それがまあ良いところのお嬢さんで。叶愛さんよりも、そちらの方との結婚のほうが雅也のためになると思った次第です」



父の顔からゆっくりと色が失せていく。

私の体からもゆっくり、ゆっくり熱が引いていく。


「非常に申し訳なく思っていますが、息子の未来のためなんですよ、わかってくれますか」



──土曜日。

午前九時五十分。


会場に蘭野くんが現れることはなく、代わりにやってきた彼の父の言葉によって


私の婚約は──────破談となった。

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