それでもキミと、愛にならない恋をしたい
第六章

 初めて母親に心の声について尋ねた日のことを、いまだに覚えている。

 手を繋いでいるときだけ声が二重で聞こえてくるのが不思議だった。

 食べたいものを聞かれて「からあげ!」と答えたら、母は「いいわね」と微笑んだ。けれど同時に『こんな時間から揚げ物をしろっていうの?』と怒っている声も聞こえたのだ。

 母だけじゃない。保育園の先生と手を繋いで鬼ごっこしていた時は「たくさん遊ぼうね」と言いながら『疲れた、少し休みたい』と言っていたし、妊娠していた友達のお母さんのお腹を触りながら性別を尋ねた時は「どっちだろうね?」と言いながら『やっぱり次は男の子がほしいなぁ』と言っていた。

 それを伝えると、最初は笑っていた母が徐々に顔を強張らせていった。 

 その時は「なんだろうね」と曖昧に誤魔化されて終わったが、その声が他の人には聞こえていない声なんだと気付くのに時間はかからなかったし、触れている時にだけ心が読めるのだと認識したのは小学校に上がる前だった。

 触れた人の心が読めるというのはかなり厄介な力で、本来なら知り得ないことを知ってしまう。

 相手の本心が実際に話している言葉とかけ離れていればいるほど、それを聞いた時の衝撃は大きい。さらにそれが信頼していた人であればなおさらだった。

 こんな力があるせいで、自分は不幸だ。親から疎まれ、友達にも気軽に触れられず、恋なんて一生できない。

 ずっとそう思って生きてきた。あの日、菜々と出会うまでは――――。


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