それでもキミと、愛にならない恋をしたい
第七章
真っ白い霞の向こうで、か細い女の子の声が聞こえる。
「彼をとらないで。裏切らないで……」
姿はぼんやりとしていて顔も見えないけれど、直感的にその声の主は原口希美さんだと感じた。
会ったこともない彼女は肩を震わせ、顔を覆って泣いている。泣かせているのは、きっと私の存在だ。
ごめんなさい。彼を好きになってごめんなさい。楓先輩に、忘れられない人がいるなんて知らなかったの。
知っていたら、好きにならないように努力した。近付かないように気をつけて、決して想いを口にすることなんてなかった。亡くなった人を忘れさせるような、裏切らせるようなことはしなかった。
ごめんなさい。ごめんなさい……。
必死に首を横に振って謝るけれど、それが相手に届いている感覚はない。
ずっと遠くで繰り返される声は聞いたことがないものだったのに、徐々に馴染みのある懐かしい声に変わっていく。
「彼をとらないで。裏切らないで……」
伏せていた顔を上げ、目元から両手を離した少女。彼女は、私の母の顔をしていた。