財閥御曹司の独占的な深愛は 〜彼氏に捨てられて貯金をとられて借金まで押し付けられた夜、婚約者に逃げられて未練がましい財閥御曹司と一晩を過ごしたら結婚を申し込まれました〜
 彼の心の傷を癒やすための恋人ごっこなど終わりだ。本物が戻ったのだから。
 千遥は店に戻り、閉店作業をした。バイトが帰ってからも海里たちは戻らず、千遥はなんとなく待ってしまった。
 千遥しかいない店に海里が茉優と戻ってきた。
「すまないが先に帰ってくれ。店は私が閉めておく」
「はい」
 了承して先に店を出た。あれ以来、別々の車で来ているから交通手段は問題ない。
 車に乗り、エンジンをかけようとしてその手が止まる。
 帰るって、どこへ帰るんだろう。
 彼が買ったあのアパートに?
 彼がもう来ることのないだろう、あの部屋に?
 彼が買ってくれたもので溢れたあの部屋に?
 帰りたくない。
 泣きたい気持ちでハンドルに突伏した。
 前のアパートは解約してしまった。
 あの部屋に行かないなら、どこへ行けばいいんだろう。
 千遥はのろのろと顔を上げると、力なくスタートボタンを押した。
 その晩、彼女はネットカフェに泊まった。

 千遥が帰らなかった、と聞いて海里は顔を険しくした。報告したのはアパートの警備員だった。
「どこへ行ったんだ」
 翌日店に行けば会えるかと思ったが、行ったら退職願が出されていた。
 海里は愕然とした。
 こたつを買って部屋に持ち込んだ晩、怒られた。さすがに勝手すぎたかと反省した。
 翌日も怒っているようだったから、気まずくて仕事に集中した。
 翌々日は本社のほうでトラブルがあり、出社せざるを得なかった。
 二日かけてようやく片付いたかと思ったら茉優が現れた。
 その翌日には千遥が退職願いを出してきた。
 彼女は笑顔で仕事をこなしていた。仕事上の問題で辞めるとは思えなかった。
「そんなにこたつが嫌だったのか」
 海里はため息をついた。
 電話をかけるが、着拒されていた。
 今日は帰ったらすぐに謝りに行こう。
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