絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
1. 追い出されて、ひとり
「出て行け……っ!」
父である桜城 匠一の怒鳴り声が頭上から激しく降り注ぐ。だが突然胸ぐらを掴まれて勢い任せに顔を殴られた桜城 絢子には一体なにが起きているのかわからない。
自分は今、頬が痛いのか、倒れたときに床へ打ちつけた腰が痛いのか、それとも身に覚えのない仕打ちに胸が痛むのかも、咄嗟には判断できない。
夕食を終えたばかりの大きなダイニングテーブルの足元で、這いつくばった状態からどうにか上半身を起こす。しかし絢子の前に仁王立ちになり、怒髪天を衝く勢いで憤怒する匠一はヒートアップするばかり。
「お父さま……」
「お父さま、だと……? 誰がお前の父親だと言うんだ! お前の父親は、俺じゃないんだろう!?」
絢子が呟いたいつもの呼び方すら、今の匠一には火に油のようだ。激昂の台詞を聞いて下手に刺激すべきではないと判断した絢子は動きを止めるが、視線は自然と父の左手へ向かう。
匠一の手には一枚の紙切れが握られていた。彼がぐしゃぐしゃに握り潰してしまったその紙には、一番上に『私的DNA父子鑑定結果報告書』と記され、以下難しい記号や数字の羅列が続いている。
そして最後に『父子関係確率0%』――つまり『この鑑定に使われた父・匠一と娘・絢子の遺伝子間に、親子関係を示す根拠が存在しない』という結論が、はっきりと綴られていたのだ。