絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
この時期になると絢子はいつも心がそわそわ落ち着かなくなる。それは単に、クリスマスの楽しげでロマンティックな雰囲気に浮かれているからではない。
絢子は年に一度、クリスマスイブの夜にだけ、ある人と二人きりで会うことになっている。その相手は他でもない絢子の婚約者――将来を約束した結婚相手だった。
しかし二人の結婚は父親同士が決めたもので、互いの家に利があるからこそ結ばれた縁。いわゆる〝政略結婚〟である。
絢子はその婚約者に密かに憧れ続けてきたが、相手はきっとそうじゃない。婚約者の義務としてこの日だけは二人きりで過ごしてくれるが、常に多忙な人だから本来はその時間すら惜しいはず。けれどあえてその忙しい時期に絢子と過ごす時間を作ってくれる優しさを知っているからこそ、絢子にとってクリスマスイブの夜はなによりも特別な時間だった。
(でももう、会えないんだ)
だが絢子はもう、桜城の人間ではなくなった。
否、本当は最初から違ったのだ。おそらく結婚の話も白紙になることだろう。
(せめて最後に……お礼だけでも……)
胸の奥がずきんと軋む。好きな人にもう二度と会えないという事実は、父に頬を殴られたときよりも遥かに強く絢子の心を抉る。それでも彼にお礼を言いたいと思う気持ちは変わらない。