絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
絢子の手を握ったまま歩き始めた玲良に、つい困惑の声が零れる。だが玲良は絢子の制止を聞き入れず、駅前広場を真っ直ぐ突き進んでいく。
少し歩いた先にあるロータリーに停めてあったのは、ボンネットの先端に獅子堂家のエンブレムを冠した真っ黒いリムジンだった。待ち構えていた運転手が後部座席のドアを開けてくれるが、絢子は未だ状況を飲み込めない。
玲良が先に乗り込んで左手を差し出す。おいで、と優しく促されたので彼の手に指先を乗せると、その手をぎゅっと掴まれグイッと引っぱられる。ふかふかの座席にどうにか腰を落ち着けると、程なくして静かにドアが閉じられた。
「まだ泣くなよ。絢子の泣き顔を、谷坂に見せたくない」
「!」
ドアを閉めてくれた運転手の谷坂が運転席に回り込んでくるほんのわずかな間に、肩を強く抱かれて耳元にそう囁かれた。
だから玲良の言いつけどおり涙は我慢しようとしたが、彼の温度を感じた瞬間、急に現実を思い知って――絢子の視界はゆらゆらと忙しなく揺れ始めてしまった。