絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
「こっちだ、絢子。隣に座れ」
「……はい」
玲良の命令のような誘いに頷くと、コートを脱いでサロンルームの三人掛けソファにそっと腰を下ろす。
どうやら玲良は当面の間、家を追い出された絢子をここに住まわせようと考えているらしい。しかし突然の展開に頭がついていかない。今夜これまでの流れだけで十分混乱しているのに、玲良の行動にはただ動揺するしかない。
(お父さまが玲良さんに連絡した……のかしら)
建設事業で桜城より秀でた企業はないと豪語する匠一だが、獅子堂が参入する事業は建設業界だけに留まらない。様々な業界や分野で常に成功を続ける獅子堂財閥グループとの縁を望む者は数知れず、そんな中で本家の次男である玲良との縁を手に入れたのが、桜城家だった。
絢子が中等部に進級するよりも前に婚約話をまとめて、足掛け十年――あとは卒業を待つばかりだった父にとって、絢子が実の子ではなかったことはよほどショックだったに違いない。きっと早々に獅子堂家へ連絡を入れて、対処を試みたのだろう……と思いきや、絢子の予想は大きく外れていた。
「桜城家の使用人から獅子堂の本邸に、絢子が家を追い出されたと連絡があった」
すぐ隣に座った玲良がそう呟いたので、驚きのあまり勢いよく振り返る。