絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
二十二年間父親だと思っていた匠一と実の親子ではなかった。その思いもよらない真実に驚く絢子の頬を、匠一は思いきり平手で殴りつけた。二十年前に亡くなった、絢子の母である桜城 香純が不貞を働いたせいだと一方的に怒鳴りつけて。
DNA鑑定調査を行ったのは、匠一でも絢子でもない。これはダイニングチェアに腰をかけ、澄ました表情でこちらを眺めている女性、匠一の次女であり絢子の妹である桜城 燈子が独断で行ったものだ。ちなみに彼女の目の前には、匠一と燈子が『父子関係確率99.9%』であることを示す鑑定書が置かれている。
(DNA鑑定って、相手の同意なしに勝手にしていいものなの……?)
なんの前触れもなしに突然突きつけられた『父と親子関係がない』という事実に、未だついていけていない。今考えるべきは燈子が勝手にDNA鑑定を行った経緯ではない……それはわかっているのだが、脳が混乱して思考がまったく働かない。
どう反応すればいいのかわからない。
なにを聞けばいいのかもわからない。
そんなはずはない、と否定する台詞すら出てこない。
「誰がお前を、ここまで育ててやったと……!」
放心状態で座り込む絢子と異なり、匠一はすぐに状況を理解したようだ。とはいえ腹の底から湧き起こる激しい感情はコントロールできないらしい。怒りと悲しみと苦悶が絡み合ったような複雑な表情の匠一が、絢子を殴ろうと再び右手を振り上げる。