絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
もちろんこのホテルは都内有数の繁華街に面しているため、外に出てほんの数分歩けば、自分の好きな店で好きな衣服を買うこともできる。しかし今の絢子は、ついさきほどランドリーサービスから戻ってきたワンピース一枚とコート一着しか手持ちの衣服がない状態なので、まずは数点だけでも着替えを用意すべきだ、と考えてくれたらしい。
「本当は俺が選んでやりたいが、今日はどうしても外せない会議がある」
「だ、だだ……大丈夫です! 会議に行ってください!」
「俺が絢子に服を選ぶのは次の機会に。けどそのうち、デートにも行こうな」
「……」
玲良に優雅な笑顔を向けられ、また照れてしまう。本当に新婚夫婦のようだ。
「いってきます」
「い、いってらっしゃいませ……」
そうこうしているうちに玲良が仕事に向かう時間になった。ジャケットに袖を通してコートを腕にかけた玲良が部屋の入り口に足を向けるので、せめて彼を見送ることぐらいはしなければ、と絢子も後を追いかける。
「絢子、いってきますのキスは?」
「!?」
ふと足を止めた玲良が笑顔でそう問いかけてくる。絢子は『キス!?』『なんで?』と仰天したが、それが『いってきます』『いってらっしゃい』の挨拶だと気づく前に、玲良に手を掬いとられて指の上にそっと唇を寄せられた。