絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
「こうして絢子を口説く機会が毎日あるのはいいな」
「え、ええ……っと」
「帰ってきたときは絢子から。――期待してる」
楽しそうな笑顔と台詞を残した玲良が、最後に『なにかあったらすぐに連絡してくれ』と告げて部屋を出ていく。本物の夫婦のように玲良を見送った絢子は、オートロックが落ちたことを確認すると、ふらふらとリビングルームに戻って大きなソファにぽすんと倒れ込んだ。
ずっと憧れていた大好きな人との他愛のない挨拶と、恥ずかしいスキンシップ。正直、緊張が止まらないし心臓に悪い。
「二時までどうしよう……」
しばらくはドキドキと高鳴る自分の心音を聞いていた絢子だったが、時間が経って冷静になると、衣食住だけではなくなんだかんだでそれなりに忙しかった日々も失われたことに気がついた。
本来ならば本日の午前は茶道教室、午後は年始の挨拶で装う着物の生地を選ぶ予定だったのだ。だが桜城を追い出された絢子は、結婚どころか当面の予定すらすべて白紙になってしまった。
そういえばスマートフォンの充電器もない。いつ契約を切られて回線が使えなくなるかわからない状況だが、仮に回線が使えなくなっても、友人の連絡先や思い出の写真は残しておきたい。また玲良や他の人から連絡が来る可能性もあるので、夕方以降充電器を買いに行くまでは極力スマートフォンを使わずバッテリーを温存しようと思う。