絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
よってもう少し――正式な手順を踏んで行った遺伝子鑑定の結果が出るまでは、玲良の指示に従おうと決めた。禁止されていることは特にないのでなにをしても自由だが、彼に心配をかける行動だけは厳に慎み、今はじっと待つ時だと思うことにしたのだ。
それにしても風が冷たい。ホテルの中庭とはいえ、散歩をするならもう少し厚着をしなければ……と思いつつカフェラウンジ側の入り口から中へ戻ろうと振り返った絢子は、そこで思わぬ人物と鉢合わせになった。
「絢子!」
「! お、お父さま……!」
「ようやく見つけた……!」
突然現れたのは父……だと思っていた、匠一だった。あえて逃げ回ったり身を隠していた訳ではないが、いま彼と会いたいとは思っていなかった。
否、最初はちゃんと話がしたいと思っていた。絢子の話を聞いてほしかったし、父の冷静な意見も聞きたかった。母の不義の真相も知りたかった。もちろん匠一もすべては把握していないかもしれないが、それでも一度、落ち着いて話したかった。
だがその切なる願いは、絢子の心の中からすっかりと消え去っていた。衝動のまま頬を打たれたことと先日の電話連絡で一方的に怒鳴られて無茶な要求を突きつけられたことが、堪えていた。