絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 なるほど、確かにレストランやバーを利用するときは玲良も一緒だが、外出時やカフェラウンジの利用時はいつも絢子一人だ。

 おそらく匠一が雇った探偵も絢子の滞在自体は確認できたが、誰かと一緒であることまでは把握できなかった。当然、匠一にも『一緒にいる相手』は報告されていない。ならば突然この場に玲良が現れたことに、内心さぞ驚いていることだろう。

 それでもどうにか取り繕って玲良を持ち上げる敬称をくっつけた匠一だが、玲良は呼び方そのものには興味がない様子だ。

「よろしいのですか? 桜城建設グループの社長が、若い女性に無理強いして誘拐だなんて」
「な、なにをおっしゃっているのですか……!」

 その玲良が目を細めて問いかけた内容に、匠一の声が裏返る。玲良の視線に感情がなく、声の温度がやけに冷たかったせいもあるだろう。ギクリと身体を揺らしたせいで、絢子の腕を握る手にも強い力が入った。

「あ、絢子は私の娘です。父親として娘の心配をしているだけで、誘拐だなんてそんな……!」
「ですが先ほど自分で叫んでいらしたじゃないですか。『お前は俺の娘じゃない』と」
「!」

 絶叫にも似た匠一の訴えは、玲良の耳にも届いていたらしい。玲良がよく磨かれた革靴を鳴らして一歩近づくと、その迫力に気圧されたのか匠一の目が忙しなく泳ぎ始める。

< 45 / 66 >

この作品をシェア

pagetop