絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
焦った匠一の手に再度ギリリと力が入って絢子の表情が痛みに歪むと、玲良が不快げに顔を顰めた。
「絢子の手を離してください」
「ちがう……ちがうんだ!」
玲良が苛立ちを抑えながら説得と交渉を試みようとするが、追い詰められたように感じたのか、匠一はますます興奮するばかり。まるで駄々っ子のように手に力を込める匠一に、空気がひやりと凍りつく。匠一の宥め役である彼の秘書も、今日はなぜかこの場にいない。
「絢子は私の娘だ……私と、香純の……!」
「うん、確かに香純ちゃんに似てるな」
「っ!?」
あの日と同じように癇癪を起しかけた匠一だったが、それを阻んだのは絢子でも玲良でもない。もちろん彼の秘書でもない。
「……う、うそ」
声がした方向へ視線を向けた絢子は、そこに思いもよらない人物が佇んでいたことに驚愕した。
(縞沢、雪浩……さん? なんで……)
そこに立っていたのはテレビドラマやCMでよく姿を見かける、俳優の縞沢雪浩だった。
彼は桜城建設のテレビCMにもう何年も出演している人物のため、芸能界に疎い絢子でも存在をよく知っている。会ったのははじめてだが、こうして間近で見ると本当に色気と迫力のある魅力的な男性だと思う。
「君が、僕と香純ちゃんの娘なんだね」
「え……」
その雪浩が発した言葉に、絢子の時間が静かに停止した。