絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 実力派俳優でありながら人柄は誠実で穏やか、浮いた話やスキャンダルが一切ない清廉潔白さが人気の雪浩の〝自主降板〟である。イメージダウンを免れないのは桜城建設のほうで、ゴシップに目を向けられたときに後ろめたい事実を抱えているのも匠一のほうだ。

「玲良様、絢子は……絢子との結婚は――!」
「絢子の父親面をするのはやめてください」

 焦った匠一は事実を隠すため、あるいは雪浩を説得して懐柔を図るために玲良を頼ろうとしたのだろう。

 だが相手が悪い。目の前にいるのは獅子堂財閥グループの御曹司、獅子堂玲良である。普段は表情が少なく冷たい印象のある玲良だが、私利私欲のために汚い手を使って人を陥れたり、金の力で人心を得ようとする姑息な行為をなによりも嫌う。

「なにか勘違いをされているようですが、そもそも獅子堂が――俺が桜城建設を優遇していたのは、絢子がいたからです。ですが血縁関係も親子の関係もないのなら、桜城社長が俺の義父になることもない」

 そして玲良は、敵だと認識した相手に冷徹で鋭い判断を下すことを厭わない。まるで利用価値がなくなったとでも言わんばかりの視線と口調を向けられ、匠一が「ひっ」と短い悲鳴を漏らす。

「まさか獅子堂が、桜城の力を頼らねば繁栄できないとでも?」
「い、いえ……! そんな滅相もない……っ」

 玲良の冷たい確認に、匠一はただ声を上擦らせてへりくだるしかない。

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