絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 含みのある言い方で小夜を責める燈子に、つい不機嫌な声が出る。

 絢子が〝家族〟を――そしてこの家の主に『出て行け』と命じられ、今まさに〝居場所〟を失おうとしているのと同じように、小夜からも大事なものを奪おうとする。自分や匠一の意思に逆らえば小夜も〝失う〟ことになると匂わせる言葉に、絢子はすぐに降参して諦めの息をついた。

「ありがとうございます、小夜さん」
「絢子お嬢様……」

 絢子を匿って守ろうとしてくれただけで嬉しい。その気持ちがありがたい。だが燈子はそれを許してくれないようだから、これ以上小夜を頼ることはできない。

 燈子の言葉からすべてを悟った絢子が広い玄関でオペラシューズに足を入れていると、小夜が急いで取ってきた上着を肩からそっとかけてくれた。去年買ったばかりのチェスターコートは季節的にはまだ早い気がしたが、玄関の扉を開けてみると予想以上に空気と風が冷たい。小夜の判断に絢子はただ感謝するばかりだ。

「もう二度と桜城の敷居を跨がないでね、不倫女の娘さん」

 近づいてきた燈子が絢子の背中をどん、と強く押す。さらに突き放すような言葉を放って玄関の扉をバタン、と閉めると、絢子が戻ることを拒否するようにガチャンと鍵までかけられた。

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