聖騎士さまに、愛のない婚姻を捧げられています!
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リリシアは広い庭園に設られたベンチの隅に座り大人しく馬車が手配されるのを待っていた。目の前をどこかの子息や令嬢がにぎやかに通り過ぎて行く。中には不思議そうに彼女を見るものもいたが、リリシアだとわかるとたいてい顔を逸らして行ってしまった。
(今日こそは、どなたかとお友達になれるかと少し楽しみだったけれど、やっぱりだめだったみたい……)
濡れた頭を風が冷たく撫でていく。彼女はそっと胸元に手を当てた。
リリシア・ベルリーニ。彼女はベルリーニ伯爵家の養女だ。伯爵の父方の遠縁にあたる。両親が流行病で亡くなり、十才のときに伯爵の元に引き取られた。
それ以来ずっとベルリーニ伯爵夫人と、その娘たちーセーラとルーシーに目の仇にされている。
「あなたの父親はね、孤児院出のくせにベルリーニ伯爵家の令嬢をたぶらかした野蛮で下卑な愚か者よ。家に泥を塗った男の娘がここに足を踏み入れるなど、本来ならあり得ないことなのよ!」
ベルリーニ夫人は十歳のリリシアにそう言い放った。両親を亡くしてまだ呆然としている幼い少女は、夫人の剣幕に震え上がった。なぜ、見知らぬ女の人がこんなに怒っているのかわからなかったのだ。女の人の後ろには同い年くらいの少女が二人、じっと自分のことを睨んでいた。
その時からリリシアの素朴で幸せな生活は一変した。
少しだけ東部の訛りのあったリリシアは徹底的に王都の言葉を教え込まれた。ベルリーニ夫人はリリシアの家庭教師に鞭打ちを許した。そして少しでも発音を間違えたり、できない問題があると何時間も「お仕置き部屋」に閉じ込めたのだ。
お仕置き部屋は、離れにある誰も使わない衣装部屋だった。黴臭く薄暗い部屋で幼い少女はひとり怯えて過ごした。そんな生活は少しずつリリシアから快活さや笑顔を奪っていく。