聖騎士さまに、愛のない婚姻を捧げられています!

 だが彼女はそれでも誰かを憎んだりうらんだりすることはしなかった。両親が自分を愛してくれた思い出が彼女をしっかりと支えていたからだ。

 若い頃、リリシアの父はとある村で薬師をしていた。避暑のためその地を訪れたベルリーニ家の面々は狩りに興じる。リリシアの母は活発な令嬢で、彼女も狩りに張り切って参加したのだ。だがそこで怪我をしてしまった。

 大慌てで呼ばれた若い薬師は令嬢を治療し、そこで二人は激しい恋に落ちる。伯爵一族の強い反対を押し切り、二人は駆け落ちしたのだ。

「父様はね、とっても優しくて穏やかで、私は一目で大好きになったのよ。立派な服が濡れないようにびくびくしながら舟遊びを楽しんでいる殿方とは大違い。だから絶対離れたくなかったし、どこまでも一緒に行きたかったの」

 リリシアの母はいつも嬉しそうに話してくれて、そしてそのそばには照れ臭く笑う父がいた。

「だから、あなたは宝物よ。リリシア」

 暮らしは決して豊かではなかったが、大切に育ててくれた父と母。だが、流行病であっけなく二人とも逝ってしまった。リリシアを一人残して。

そうして、唯一の親戚として伯爵家はリリシアを迎え入れたのである。

だが、駆け落ちした母のことを一族は許していなかった。嫌々ながらリリシアを引き取ったベルリーニ夫人は、彼女を見るなり低い声で伝えた。

「お前を愛するものなんて、この館にはいないわ。覚えておきなさい。この恥晒しの娘」

 幼い頃に何度も言われた、夫人の鞭のような声が今でも頭に響く。リリシアはぎゅっと目を閉じ、胸元のペンダントを握りしめた。

ーーあなたも恋をして幸せになってほしいわ、ね、リリシアーー

 肌身離さずつけている父からの贈り物のペンダントは、彼女の宝物だ。辛いときにこれを握りしめると優しく愛に満ちた母の声が甦る。リリシアは安らかな気持ちになれるのだ。
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