聖騎士さまに、愛のない婚姻を捧げられています!
「聖騎士様がドラゴンから聖水を取り戻すお話をきいたことがあります。寝る前の、おやすみのお話でした。私はとてもあのお話が好きで……」
おとぎ話をたくさん知っていたのは薬師だったリリシアの父親だった。幼いリリシアは母と一緒に布団の中でワクワクしながら父の話にじっと聞き入ったものだ。
「ふふ、そうなんだね。私が知っているのはドラゴンに聖水が湧く泉を教えてもらったという聖騎士のお話だよ」
彼はにっこり笑った。
「まあ……、ぜ、ぜんぜん違いますのね」
「聖騎士の伝誦は各地にいろいろな形で残っているから、貴女の話もその一つだろうね。このグリンデル地方は聖騎士が生まれた地だから、伝説もたくさんあるんだ」
彼は少し嬉しそうに答え、再び彼女の手当てに集中した。
静かな時間が流れる。ある意味でこれは、毎夜繰り返される夫婦の営みともいえた。
リリシアは、いつもは恥ずかしくて手当ての間俯いているのだが、今夜はつい夫の手に見入ってしまった。
セヴィリスは、陶器のような端整な顔つきに似合わないごつごつとした手を持っていた。決して筋骨隆々ではないが、手首の筋がしっかりと現れている。鍛えられて引き締まった、間違いなく、力強い剣士の手だ。
それが丁寧に彼女の肩に触れていく。リリシアは急に頬が熱くなるのを感じて、思わず身を引いてしまう。
「……ごめんっ。強すぎたかな」
「い、いえっ、こ、今夜は、もう大丈夫ですので……」
彼は純粋に役目として手当てをしてくれているというのに、心臓がドキドキとする。
リリシアは目を伏せた。
どうかどうか、この胸の音が聞こえませんように。