聖騎士さまに、愛のない婚姻を捧げられています!

リリシアは一瞬目を大きく瞬かせ夫を見て、同じように頭を下げた。

 養父は気まずそうな咳払いを一つすると、それ以上はなにも返さなかった。

 リリシアは思い切ってもう一度口を開く。

「お義父様。実は、お尋ねしたいことがあるのです」
「……お前が?私に?いったい何を尋ねるというのだ」

 緊張で声が裏返ってしまいそうになる。だが、セヴィリスの手の力強さに背中を押され、リリシアは声にぐっと力を込めた。

「レイフィルの丘の、あの修道院のことです。取り壊すと聞きました」
「ああ、あそこか。その通り」

 伯爵は表情を変えない。

「なぜそのようなことを聞く?」
「長年、たくさんの恵まれない子を育ててきた大切な施設ではありませんか。それを、どうして……」
「ふん、あれは曽祖父の娯楽だ。お前は知らないだろうが、当時地位と財産のある諸侯は慈善事業に躍起でね。陛下からお褒めの言葉を得るためにいくつも馬鹿げた孤児院だの療養所などを建てては潰していたのだ。レイフィルの修道院は珍しく長続きしたというだけのこと」

 他と違い、地代を取り収入を得ることで自立性を持たせたからだという。

「だが、あの土地は葡萄畑にした方が収益がぐんと跳ね上がるそうだ。今のままでは、宝の持ち腐れなのでね」

 伯爵はすました顔で説明すると、訝しげに彼女を見た。

「なぜお前にこんなことを説明しなければならん。話してわかるとも思えないが」
「で、でも、それでは子どもたちも、院長先生たちも行き場がなくなってしまいます」

「それがどうした。金を渡してある。いくらでも領内に行き場はあるだろう」

 伯爵は肩をすくめた。
「まだまだ残っている子たちがいるのです。それに、ばらばらにされて幸せになれるとは限りません。お義父様、どうか、考え直してくださいませ。取り壊しなどやめてください」

「なに?」

 彼は片眉をピクリと上げた。

「幸せ?幸せとはなんだ。誰の話をしてる?」
「お、お願いいたします! 身寄りのない小さな子たちは、このままでは帰る場所がなくなってしまうのです」
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