毒舌オオカミ秘書は赤ずきんちゃんを口説きたい
「私、と、仲良く?」

「はい。実は観光を兼ねて休暇を取っていましてね。遥さんが案内をしてくれません?」

 案内って何処に? 声に出さず、顔に出すと葛城さんがますます笑みを深めた。
 ところで、葛城さんの笑顔は何故こんなにも圧があるのか。モデルみたいに整い、お手本通りに口角が上っていても瞳の奥を覗けない。

「あの葛城さん」

「結人でお願いします」

「……では、ゆ、結人さん」

「はい、何でしょうか?」

 咳払いをし、姿勢を正す。

「お祖母様の形見である懐中時計を壊してしまって本当に申し訳ありません。お金で解決出来るとは考えていませんが、どうか修理費を支払わせて下さい」

 皿からこぼれたマカロンを見詰め、ギュッと唇を噛む。請求額がいかほどか想像もつかないが支払う義務はある。仲良く観光案内をしろと言われても裏がありそうで怖い。

「修理費と仰ってもこの時計はアンティーク、リペアするにも部品が無いのですよ。職人に新しく作って貰うしかないでしょう。そして先ずは腕の良い職人から探さなければなりません」

「そ、そんな」

 費用を何とかして捻出しても、時計職人に心当たりなどない。

「遥さんのお気持ちはとても嬉しい。しかし、これは役目を終える頃合いだったと思うのです。物には役割があり、それを果たしたら持ち主の前から去っていく」

 懐中時計を手に取り、葛城さんーーもとい結人さんは続けた。

「日本には『一期一会』というコトワザがあるそうですね? 私と遥さんの出会いも一期一会にあたります。この縁を大切にしませんか?」
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