毒舌オオカミ秘書は赤ずきんちゃんを口説きたい

■

　翌朝、会社勤めの習慣が染み着く身体は起き上がり、朝食を作っていた。

　結人さんとの約束、と言うよりあれは一方的な言い分であるが、すっぽかす気になれなくて。
　懐中時計を壊してしまった罪悪感、マンガやドラマみたいな展開が身に降り掛かる戸惑いをスムージーと一緒に流し込む。

　ワイドショーでは引き続き、峯岸斗真の結婚を報じる。彼を取り巻く集団の中に結人さんが居ないか目を凝らしかけ、やめておく。

　私とデートしたいなど、どうせからかっているのだ。なにせ相手は『ヒロインシューズ』の『重役秘書』という立場であり、無職で失恋間もない女がさぞ珍しかったのだろう。

　画面は峯岸斗真の奥さんの紹介へ。野鳥の研究者らしく、いかにも育ちの良いお嬢様な容姿であった。
　艷やかな黒髪と控えめな立ち振る舞いが『大和撫子』と持て囃され、クロワッサンを食い千切る私との対比がえぐい。パンで例えるなら彼女はロゼッタだ。

　ともあれ、支度をしなくてはーー。重い腰を上げると携帯電話が震えた。着信相手を認識すると手元のグラスを倒してしまう。