二人の歩幅が揃うまで
* * *

 1時間ほど経った頃だろうか。軽かったはずの重みに少し、自然な重さが増えた。左側に伏せられた顔から察するに綾乃が眠ってしまったのだと思い、健人は体を起こして綾乃の表情を覗き見る。
 静かに閉じられた瞳。整った穏やかな寝息。初めて見る寝顔に、愛しさが増して健人は微笑んだ。顔にかかった髪を軽くかき上げ、その頬に少しだけ触れて、すぐ手を離した。そして、起こさないようにと慎重に後ろから腕を回して抱きしめた。

(疲れてたのなら、もっと休ませてあげるべきだったな…。)

 そんなことをふと思って、健人は頭を軽く振った。我慢した方がいいこと、言った方がいいことの線引きが難しい。我儘になりたいわけではないのに、抱きしめた腕を解けないでいる。本当はベッドなり、ソファなりに寝かせて、その間に何か綾乃が好きなものを作った方が効率がいいのはわかっているのに、今が心地よくて、触れていたくてそうできない。
 そんなことを考えているうちに、健人の瞼も静かに落ちていった。

* * *

「ん…。」

 綾乃の頭上から聞こえる規則正しい寝息と、しっかりと回った腕、その温さ。目をこすって確かめたそれらは確実に健人のものだった。

「っ…!?」

 デート中に眠ってしまったことに申し訳ない気持ちと、密着して過ごしていたという事実と、今のこの状況をどうすべきかわからない混乱とで、声にならない声をあげてしまった。
 少しだけ見上げると、あどけない寝顔が見える。その可愛らしさに、クスっと笑みが零れた。

「…可愛いね。」
「…?あやの…さん…?」

 焦点の定まらない目が、ぼんやりと綾乃を見つめる。次第に焦点が定まってくると健人はふにゃりと笑った。
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