二人の歩幅が揃うまで
 10分もしないうちに電話がかかってきた。

「今家を出ました。自転車で行くので、5分くらいかなと思います。」
「自転車?」
「少しでも急いだほうがいいかなって。」

 がたがたと音がする。カチャっとさらに音がして、少しだけノイズのようにざーざーという音もそこに追加された。

「スマホ、自転車につけれるの?」
「はい。道案内とかを使うときに便利なので。スピーカーにしてるので、ちょっと風の音とかも入っちゃうかもしれません。」
「そっか。風、か。」
「あ、がちゃがちゃうるさかったですよね?ごめんなさい。」
「ううん。大丈夫。」

 健人に会えるという事実が、綾乃の心に少しだけ落ち着きを取り戻させていた。

「お腹は空いてますか?」
「…ううん。」
「綾乃さんは、僕がLINEしたときに帰って来たんですか?」
「うん。」
「遅かったんですね。飲み会?」
「…うん。」
「お酒は飲みましたか?」
「ウーロンハイを一口、飲んでしまいました…。」
「酔っぱらって気持ち悪いとか、そういうのはないですか?大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがとう。」
「…良かった。」

 はいかいいえで答えられる質問ばかりで、それが有難かった。難しくて一人では答えを出せないことをずっと考えてはいるものの、それを今すぐ言語化するのは難しい。
 またガチャガチャと音がする。スマホが外される音だろう。ということは着いたらしい。

「自転車が何台か置いてあるところに一緒に置いちゃって大丈夫ですか?」
「うん。」

 階段を上る足音が、スマホではない方向から聞こえてくる。

「着きました。」

 ガチャリと開けたドア。デニムのジーンズに白いロングTシャツというラフな格好で健人が立っていた。
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