二人の歩幅が揃うまで
* * *

「あっ、お帰りなさい!」
「お帰りなさい。」
「ただいま。家に綾乃さんがいると、明るくなっていいですね。」
「俺だけだと暗いってこと?」

 少し拗ねた様子の健人の様子に、オーナーと顔を見合わせて綾乃は笑った。健人の腕にきゅっと抱きつき、機嫌をとってみることにする。

「物珍しいから新鮮に見えるってことだよ。丁度色々できたところなんですけど、先に食べますか?」
「汗を落としてからいただきますね。二人は先に食べていてください。」
「わかりました。じゃ、こっちに並べちゃおうか。」
「うん。」

 健人が小さく笑っている。その姿を見て、オーナーは胸を撫でおろした。高2の夏、高3の夏、大学1年の夏。健人の苦しい夏を3回見てきて、何もできなかった自分が歯がゆかった。今年は今までとは違う。健人は確かに穏やかに笑っている。顔色は少し悪く、食も細い。かといって強制することもできずにただ見守った。まだ本調子ではない様子ではあるものの、確実に去年の様子とは異なっていた。

「…良かった。綾乃さんに出会えて。」

 オーナーの独り言が、バスルームに溶けていった。

* * *

「…思っていた以上に作りましたね。」
「分担したので、品数ちょっと多くなっちゃいました。」

 塩昆布の冷奴にツナと大葉のそうめん、トマトとモッツアレラのマリネ、冷やし中華までが並べられている。よく見ると冷製パスタまである。

「麺ならスルッと食べれるかなって思って、全部1人前茹でて、ちょこっとずつ食べようかなって話してまして。」
「一度にこんなに種類が出てきたら目が楽しいですね。」
「ね!健人くんも結構食べれたし、ちょこっとずつ色々作るのってちょっとした贅沢って感じで楽しいね。」

 口にそうめんを入れたままの健人はコクコクと頷いた。久しぶりに口に何かを頬張る健人を見て、思わずオーナーの口元は緩んだ。

「いきなりたくさん食べると胃がびっくりするから、ゆっくり食べなさいね。」
「うん。」
「いつくらいからあんまり食べてなかったんですか?」
「ここ数日ですよ。食べれないことよりも眠れないことの方が深刻そうでしたけど。目の下のクマが。」
「おじさん!」
「なんだい?綾乃さんに隠し事したいわけじゃないだろう?ここは包み隠さず話した方がいいかなって。」
「そうかもだけど!心配させたいわけじゃないから!」
「ご飯作る気になれなくて、食べたくもなくて、眠れもしないって心配するからね、普通に。なので私が見張ってる今日はちゃんと食べてもらうし、ちゃんと寝てもらうからね~!」
「しっかり見張ってやってください。さて、僕もいただきます。」
「はい!一緒に食べましょう。」

 明るい綾乃の声が部屋にはじけると、場の空気がゆっくりと温まる。そんな温さをじわりと感じながら、ゆっくりと3人で食事をした。
< 149 / 182 >

この作品をシェア

pagetop