二人の歩幅が揃うまで
* * *

 11時を過ぎた店内は静かだった。

「ただいま。」
「あ、入れ違いにならなくてよかった。それに湯本さんも、遅い時間なのにすみません。」
「いえいえ!私のほうこそこんなお時間にお邪魔しちゃって…。来てほしいってことだったので来ましたけど、よくよく考えたら手ぶらですし…。」
「いやいや。健人の誕生日を祝う人が増えてよかったです。それじゃ、あとは自由に使いなさい。片付けは絶対やること。僕は先に帰るから、戸締りも任せるからね。」
「うん。ありがとう。」

 オーナーが出たドアが、小さく音を立てた。BGMのない店内はやはり静かだ。

「…自由に使うって、…どういうことですか?」
「綾乃さん、お腹は空いてますか?」
「…えっと、実はお腹空いてます。」
「よかった。じゃあ、いつもの席に座ってください。」

 居酒屋では大して食べれなかった。というのも、気が気ではなかったからだ。オーナーとの約束を守りたい、何としても今日中におめでとうと言いたい。これらが叶えられるか否か。頭はそれでいっぱいだった。

「あの…まさか、作ろうとしてませんか?」
「あ、はい。冷製パスタだったらさっぱり食べれそうかなって思ってて。どうですか?」
「私は嬉しいですけど、健人くんの誕生日なのに私じゃなくて、健人くんが作るんですか?」
「もう充分、祝ってもらってますし。お返しに一緒に食べてもらえると嬉しいです。すぐ準備しますね。」

 カウンター席でいつも見ているのは、オーナーの調理する姿だった。だからこそ、健人の手際の良さはオーナーのものとは違って、とても新鮮に見える。

「アイスティー、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「今日用意していた分のマリネ、余っているので食べませんか?」
「食べます!」
「良かった。好きな分、食べちゃってください。」

 こちらに飲み物やマリネを出しつつ、パスタは確実に出来上がりに近付いている。
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