二人の歩幅が揃うまで
 綾乃と目が合うと、健人は少しだけ目を丸くした。

「た、ただいま。」
「こんばんは。大学の帰りにしては遅いですね。」
「あ、はい。今日は打ち上げ、とかいうやつでして…。」
「あっ!サークルの。」
「ああいえ、学科のです。いつもは断っているんですけど、今日のは必修の講義後そのまま直行だったので…。」
「なるほど。だからこんな時間と。」

 時計は9時半を少し過ぎたところだった。健人からはたばこの臭いがした。綾乃が記憶している限り、それは初めてのことだった。

「今日はシフト、入っていなかっただろう?」
「あんまりちゃんと食べれなかったから、口直ししたくて。」
「なるほどな。じゃあそこに座っていてくれるかい?適当に用意するよ。」
「ありがとう。」

 ベージュのダッフルコートを脱いで椅子にかけると、健人は綾乃の隣に腰をおろした。

「打ち上げなのに、あんまり食べれなかったんです?」
「…行き慣れていないのと、濃い味付けが少し苦手で。お酒が飲めたらきっと濃いものも進むんでしょうけど。」
「そうか!まだお酒が飲めない年齢でしたね。」
「はい。…あと。」
「?」

 健人が珍しく言葉を続けるので、綾乃は健人を静かに見つめた。

「…大勢でわいわい、みたいな空気が…落ち着かなくて。」
「疲れちゃったかな?」
「…多分、そうだと思います。」
「美味しいご飯で体も心も回復させましょう。私もここに来るときはいつもそんな感じですよ。」


綾乃は努めて明るく笑った。目の前に浮かぶ健人の表情がいつもより少し暗く感じられたからだった。
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