二人の歩幅が揃うまで
* * *
 
 健人は綾乃の隣に腰をかけた。綾乃の髪からなのか、衣服からなのかわからないが、いつも通りの優しくてほんのりと甘い香りがする。気持ち悪がられてしまうと困るので本人に直接言ったことはないが、健人はこの香りが好きだった。好きだと自覚しているものは、他にもある。例えば、先ほど見せてくれた笑顔とか。
 ふと目に入った、綾乃の手帳。そこに刺さっている、自分と同じデザインの、それでいて色違いのシャープペンシルに目がいった。

「…色違い。」
「あ、これですか?」

 ツンと綾乃の指が触れたのは、ビリジアンのシャープペンシルだった。

「カラーが気に入ってるんです。パステルカラーとかの持ち物が、あんまりしっくりこなくて。なかなかない色なのでお気に入りです。」

 今日はいつもより、『にこっ』という音が付いたような笑顔が多い。その笑顔に、疲れて凝り固まっていた心がほぐれていくのを感じる。

「余りもの、寄せ集めの具沢山パスタ。ちょっと多かったかな?」
「ううん。いただきます。ありがとう。」
「あっ、具沢山、いいですね。魚介がいっぱい!」
「綾乃さんも食べますか?」
「え?」

 再び微笑んだ健人の笑みは、疲れを滲ませながらもいつものものに近くなったように感じる。

「まだ食べれるんだったら、ぜひ。」
「…いいんですか?」
「はい。」

 一緒に食べたい。できれば少しでも長く、時間を共有したい。いつか綾乃が言っていた、「美味しい誕生日」ならぬ「美味しい時間」を。二人で食べ終わる頃には疲れは何となくどこかに飛んでいってしまっていた。
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