二人の歩幅が揃うまで
* * *

「…はぁ。」

 風呂を済ませ、ベッドにごろんと横になって天井を見上げる。脳裏に浮かぶのは、綾乃の笑顔だった。

「良くないな…。」

 封じ込めたはずの気持ちが、少しずつ蓋を開けて飛び出ようとしていることを感じる。健人にはそんな思いがあった。自分の誕生日を祝ってもらった時、綾乃の誕生日を祝った時、一緒に歩いた帰り道、美味しそうに食べる姿、そのどれもが、モノクロに近かった健人の視界に彩りを与えてくれた。ただの感謝だけじゃない、じわりと広がる気持ちに何となく気付いていて、それでも見ないふりがしたくて目を逸らしていた。しかし、その広がり方が大きくて蓋が追い付かなくなっている。
 誰かを特別に想うことはきっと、温かいものなのだということを経験として知っている。それと同時に、失う辛さも知っている。だからこそ、もう嫌だった。一人でいいと思っていた。誰かに手を伸ばして、手を掴んでもらえないことだってある。そして、握り返された手がほどけて、二度と握り返してもらえないこともあるのだということを、健人は痛いほど知っていた。
 原型は留めていたけれど、痛々しかった動かぬ両親の手に触れた時の涙を、体も心も覚えている。それ以上は、触れられなかった。その残酷なまでの冷たさと、もう動かない、二度とその目に自分が映ることはない、その事実が健人をそれ以上動けなくした。

「…だめだよ。だめ。」

 小さく呟いた悲しい声が、静かな冬の夜に溶ける。

「…好きなんて、思っても、言ってもだめだよ、絶対。」
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