二人の歩幅が揃うまで
「…満員電車にやられてしまってます。不甲斐ないことに。」
「なるほど。そのお疲れ顔の理由にも納得です。」
「でも、ここのご飯で元気が出ました。絶対また来ます。」
「はは、お待ちしていますよ。ご来店、誠にありがとうございました。」
「こちらこそ、美味しくて温かい食事をありがとうございました。フロアのお兄さんも優しくて、癒されました。」

 綾乃は小さく頭を下げた。値段以上のものをもらってしまった気がする。客としてできるのはお金を落とすことと、絶対にまた来ることくらいだ。足取りも軽く、気持ちも穏やかに綾乃は店を出た。4月に入ってこんなにも満たされた気持ちになったのは初めてだったかもしれない。

 閉店作業中の店で、店長が明日の仕込みをしている。健人はテーブルの拭き掃除をしながら、口を開いた。

「今日、余計なことを言ったでしょう。」
「ああ、あのOLさんね。」
「わざわざフロア担当がって言わなくてよかったと思うんだけど。」
「でも実際、僕じゃなくて健人が気付いたわけだし。それを僕があたかも気付いていたかのように言うのは違うかなと思って。」
「…警戒されてなかった?大丈夫?」
「また来るって言ってたよ。」
「そっか。」

 とても美味しそうに食事をする人。食べ終わってしまったら少し寂しそうにした人。少なくともこの日の健人には、そう見えた。

「フロア担当のお兄さんにも癒されてたって言ってたよ。」
「え?」
「あ、そこは聞こえてなかったんだ。優しくて癒されたって。」
「…それなら、よかった。」

 健人はふぅと小さく息を吐いた。ほっとした気持ちから生まれたため息だった。
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