528ヘルツの大好き
「ねえ、認めなよ! どう聞いてもこの動画、あんたの声なんだけど! 名前はえーと……ヨム? ヨムちゃーん! こっち向いてー!」
後ろの三人も追従するように動画投稿主の名前を連呼する。
もうやだ。泣きそうだ。
体育の授業なのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないの?
震える足で必死に走るが、速度は上がらなかった。剛里さんはからかいながらずっとついてくるけど、他のクラスメイトは誰も助けてくれない。
「――おい!」
その時、後ろの方から低い声が聞こえた。剛里さんたちよりも後ろの方。
「おい!」
もう一度、聞こえた。思わず止まって振り返ると、男子が一人走ってきていた。
――朔間蒼太だ。
朔間くんは私たちに追いつくと、剛里希星を指差して言った。
「もうすぐ小熊先生もくるから。それ、しまった方がいい」
彼が指さしていたのは、剛里希星のスマホだった。授業中の使用は禁止されてるから、見つかったら放課後まで没収だ。
気付いた彼女は、慌ててポケットにしまった。
朔間くんはそれを見届けると、また走り始める。追い越される時に一瞬、目が合うと少し……ほんの少しだけど、笑っていた気がした。
もしかして、助けてくれたのかな……
お礼を言いたかったけど、彼の背中はもうはるか彼方。その後を、私から興味を無くした剛里さんたちや、女子に追いついた男子たちが追いかけるように走っていった。
◇