シンデレラ以外、全員男。
義理の母と姉たちとの日々
翌日、私はいつものように早起きをして、朝食の支度のために芋の皮を剥いていた。
デランジェール家にはお父様が残してくださったお金があるけれど、きっとそのうち底をついてしまうから、贅沢な暮らしはできない。
ファブリスお母様やジョルジュお兄様……じゃなくて、お姉様、リュシアンお姉様、家族が増えたので、食事は多めに作らないといけない。私も仕事を見つけなければと思いながら、皮を剥いた芋を火にかけて水を沸騰させた鍋の中に一口大に切って入れていく。
「ラシェルちゃん、おはよう! なんて朝早いのかしら、ラシェルちゃん! お料理はお母様に任せるのよ、朝ごはんは潰したお芋とチーズね! 完璧なメニューだわ、ラシェルちゃん、なんて良い子なの〜!」
私が料理をしていると、ファブリスお母様がやってきて私から料理用のナイフを奪うと、ものすごいはやさで芋を剥き始める。
「あ、あの、お母様……お料理は、私の仕事で」
「何を言っているの、若い娘はオシャレをしたりお友達と遊んだりしなさい〜! おしゃれと遊びが嫌いなら、本を読んだりお散歩をするのでも良いのよ、お料理はお母様の、し、ご、と!」
ファブリスお母様が体をくねらせながら、私の鼻をちょん、とつついた。
私は鼻頭をおさえながら、頷くしかなかった。
朝食の支度はファブリスお母様に任せて、手が空いた私は洗濯をすることにした。
ご飯の支度と、掃除と洗濯、それからお買い物や縫い物などで私の一日はたいてい終わってしまうので、朝食の支度をお任せすることができた分、少し時間ができるかもしれない。
まずは井戸からお水を汲んできて、洗濯場の水瓶をいっぱいにしないといけないわね。
お母様達のお洋服もあるから、水瓶に汲む水は、いつもより多くしないと。
そんなことを考えながら裏庭にある洗濯場に行くと、そこにはすでに両手にいっぱいの水が入った水桶を抱えたジョルジュお姉様がいた。
今日も黒いワンピースに白いエプロンをつけている。水桶をもつ腕がとっても逞しい。
「ラシェル、おはよう。洗濯をしようかと、水を汲んでいる。これは良い鍛錬になるな」
低い声でジョルジュお姉様が言った。
「おはようございます、ジョルジュお姉様。洗濯は私の仕事で……!」
「いや、俺がやろう。洗濯には慣れている。兵舎では自分達で洗濯を行うのが普通だからな。それに、男の下着をラシェルに洗わせるわけには……い、いや、俺は女だが」
「じゃ、じゃあ、私も手伝います……私のお洋服もあるので」
「そうか、そうだな、ラシェルの服を俺が洗うのは良くない。年頃の女の子は、兄に……違う、姉に、自分の服を触られたくないものだろう」
「そ、そんなこともないのですけれど……あの、量が多くて大変だと思うので……」
ジョルジュお姉様は何度か言葉を言い直した。
きっとジョルジュお姉様は体は男性で心が女性なのかもしれないわね。最近になって女性のように振る舞い始めた方なのかもしれない。
気遣いに満ちた優しいお姉様だ。だから、私もジョルジュお姉様の触れてはいけない部分に触れないように気をつけなければいけないわよね。
私はジョルジュお姉様と並んで、洗濯を済ませた。
洗い桶に水をはって、洗濯物を入れて石鹸を泡立てて洗っていく。
ジョルジュお姉様が洗い終えた洗濯物を受け取って、隣の桶で濯ぐと、それはもうすごい勢いで絞ってくれた。
洗濯物を絞るのはかなり大変なのに、ジョルジュお姉様がその太い腕でもって洗濯物をぎゅっとひねると、ぼたぼたと水分がお庭に落ちていく。
乾いた洗濯物を、パンパンと叩いて伸ばすと、裏庭の木々に張り巡らせた紐に吊るして干してくれる。
「ラシェルは偉いな、毎日一人で病の母の世話と、家事をこなしていたのだろう? これからは俺も手伝おう。昼間は仕事があるからいないが、朝と夕方なら手伝うことができる」
「ジョルジュお姉様はお仕事をしているのですか?」
「それは、もちろんしている。安心しろラシェル、稼ぎは全てラシェルに渡す」
「い、いえ、そんなことはしなくて大丈夫ですから……!」
「家族なのだから当然だろう。俺の金は、母とラシェルで管理をしてくれ」
「それは困ります……! お姉様の働いたお金なのですから……お姉様、お仕事は何をしていらっしゃるのですか?」
「王国騎士団だ」
「王国騎士団……!」
とても騎士っぽいとは思っていたけれど、本当に騎士だったのね、ジョルジュお姉様。
それに王国騎士団なんて、騎士の中でも選ばれた方々だけが入ることができる、王家の直属の騎士団だもの。
そんな中で女性の心を持っていることを隠していたなんて、きっとすごく苦労されているのね。
私はジョルジュお姉様を尊敬の眼差しで見つめた。
ジョルジュお姉様は少し恥ずかしそうに、私から視線を逸らした。
ジョルジュお姉様のおかげでお洗濯もすぐに終わってしまった私は、それならお掃除をすませてしまおうと、掃除道具置き場に行った。
物置を開けるとそこにはすでにリュシアンお兄様がいた。
リュシアンお姉様は今日も裾が短い青いワンピースに白いエプロンを身につけている。
「ラシェル、おはよう。どうしたの、朝から物置に用事?」
「リュシアンお姉様、おはようございます。掃除をしようと思いまして」
「掃除ならもう終わったよ。ラシェル、掃除は僕の仕事にしようと思う。僕は掃除や整理整頓が好きだからね」
「で、でも、掃除は私の仕事で……」
「今までずっと一人で頑張ってきたんだろう? 昼間は仕事があるけれど、朝と夜は時間があるから僕も家事の手伝いをするよ。僕たちは家族だからね」
リュシアンお姉様がにこやかに言った。
私は困り果てて、眉を寄せる。
「ファブリスお母様はお食事を作ってくださって、ジョルジュお姉様はお洗濯を、リュシアンお姉様はお掃除をして下さると言いました。それでは、私の仕事が何もなくなってしまいます……」
「ラシェルは、母が病に倒れた十五歳の頃から、十七歳の今までずっと一人で看病と家事を全てこなしてきたんだろう? 年頃の女の子らしく、好きなことをすれば良いのではないかな。そうだね、勉強をしたいなら、僕が教えてあげよう」
「それはとっても嬉しいですけれど、お仕事の邪魔になるのではないでしょうか……お姉様は、お仕事は何をしているのですか?」
「宮廷魔導士だよ。といっても、どちらかといえば学問がメインだけれどね」
「宮廷魔導士……!」
私はびっくりして、リュシアンお姉様の顔をまじまじと見つめた。
この国には、魔法が使える魔導士と呼ばれる方々がいる。けれど、その数はとても少ない。
その魔導士の中でも、お城務めができる宮廷魔導士というのは、指で数えられる程度の人数しかいない。
「安心して、ラシェル。僕の稼ぎは全てラシェルに渡すから。ここに住まわせてもらっている以上、迷惑はかけたくないからね。僕たちは、家族なのだから」
「そ、それは困ります……それなら私も働いて、お金を稼ぎます……!」
「ラシェルはそんなことはしなくて良いよ。僕たちがいるのだから」
「それはいけません。お姉様、次からは私も掃除を一緒に手伝いますね、それから、お姉様たちの新しいお洋服を作りますね……! お姉様たちのお洋服、とても素敵ですけれど、サイズが少しあっていない気がして……私、縫い物は得意なので……ご迷惑じゃなければ、ですけれど」
「迷惑などではないよ。ありがとう、ラシェル」
リュシアンお姉様は優しく微笑むと、私の頭を撫でてくれた。
それは大きくてしっかりした、とても安心できる手のひらだった。