異世界騎士の忠誠恋
それから、ハロルドは留守番の命を続けながら勉強を進めていた。
昼は、女神様の用意しているタッパーに入った昼を食べる。
「王子、今日は何を書いていたのですか?」
「コレ? 履歴書ってやつ」
「りれきしょ? ですか? どのような……」
王子の書いていた書類には、王子の肖像がハッキリと描かれている小さな絵。それも、鮮明な絵。
そして、王子の筆跡でたくさんの漢字とひらがなにカタカナ。文字を覚え始めたばかりで読める文字が少なかったが、王子の名前は読める。
フリードが丁寧に、教えてくれた。バイトという仕事をするには、【りれきしょ】という書類が必要で、【しょうめいしゃしん】という鮮明な肖像画が必要だと。
「王子は、バイトなる仕事はしなくとも……」
「何言ってるの? ただ飯ぐらいには、オレはならないよ? お前は、このままでいいと思ってるの? カノンちゃんは、何も言ってこないけどさ……」
「女神様のことを、またその様に軽々しく……女神様が許されていなければ、王子と云えど牢獄にいれています!!」
「……お前がどう解釈しようといいけど。あの量のご飯、毎日、3食だよ? どれだけお金が必要だと思う?」
食事の量? 俺は普通に食べているが。ふと、そう考えた時、「お前は、普通の男の4人分は食べているんだよ!!」とフリードは言った。
女神様の食事はどれも美味しく、「おいしい」と言って食べると彼女も笑顔で「よかった」と言っている。それの何がいけないのだろう? としか、彼は思っていない。
「アヤネちゃんも、カノンちゃんも、7日間のうち5日間は働きに行ってるよね? それで、お金を貰ってる。そのお金が、オレ達のご飯や衣服のお金に遣われている!! 分かってる?!」
「女神様は……傍に、お傍にいて……いいと……」
留守番し始めて、3ヶ月。この国に着て、春の終わりから日差しの強い夏に入った。その間に、王子は勉強と家事をどんどんと覚え、今度はバイトという仕事を始めると。
ハロルドは、近衛騎士として王子の傍に仕えている自分。女神様の傍に仕えている自分が、小さく見えた。何をしてきたんだ? 俺は? しかし……王子のように、【りれきしょ】を書くことはできない。
電子レンジで温めと、ほうきで掃き掃除、風呂掃除に風呂を沸かすしか出来ない。
「女神様は……女神様は……傍にいて、いいと……お傍に……仕えていいと……」
もう、彼は、女神様に早く逢いたい。帰ってきて、あの笑顔をまた見せて欲しいと思い始める。
その様子を見て、フリードは部屋から立ち去った。
帰宅してから、彼の様子がとてもオカシイことに歌音は気が付いた。何を聞いても、「お傍にいてもいいですか?」「傍にいたいです」などとしか言わない。
数日経つと、さらにハロルドの言動は悪化していく。
「女神様ぁ!! 帰ってきたんですね? 俺は、今日、ここまで進められました!!」
「うん、頑張ったよね。ハロルドさん」
小さく屈み、頭を撫でることを所望しはじめる。
大きな身体を彼女の手が届く位置に頭を下げ、優しく頭を撫でられ顔をあげた彼は。とても嬉しそうな瞳で、愛おしい人を見る瞳でいる。
歌音の小さな心臓が持ちそうにない。彼の頭を撫でた後の、彼の表情がとても好きになっている。
ーー女神様ぁ……こんなにも、女神様にお仕えする悦び。どう、お返しすればーー
ドク、ドクンッ……
「……ッ!!……」
「ハロルド、さ、ん? あの……だい、じょ……」
彼の瞳には、彼女しか映らなくなった。もう、女神様だけが自分の支えになっている。
跪いた彼は、手をとり甲に口づけをする。愛おしく優しくキスをし、彼女を見上げている。
「俺も……バイト、します……」
「……えっ?……バイト?」
「ハイ!! バイトなる働く方法があると、王子より以前聞きました!! 俺も、働きます!!」
「……で、でもね? ハロルドさん?」
「履歴書があるんですよね? 大丈夫です!! それは王子に書き方を教わります」
「バイト……本当に、するの?」
「ハイ!!」
さきほどの、表情から既にバイト探しに思考を切り換える彼。一体、どこにどういった思考の切り替えがあるのかが分からない。
突然、熱の籠もった瞳を向けている。かと思うと、女神様としか見ていない瞳。彼への想いに気づいてきた歌音にとって、彼の態度や表情は、どうしたら良いかが分からない。
彼自身は、自覚がない。彼女に、そういうことをしてしまっていることを……。
【数日後】
思っていたよりも、難しかった。何枚もの、履歴書をダメにしてしまっている。
王子も、「オレだって、何枚もの履歴書をダメにして今の仕事をさせて貰ってるよ」と言っていた。
近衛騎士を長年勤めている自負が、どんどん崩れさっていく。今日も、やっと受かったバイト先の初日だった。なのに、午前中で……「もう、こなくていいよ。こんなに仕事出来ないの、初めてだわ」と言われた。もちろん、給料はでなかった。仕事ができていなかったのだ。
その後も、バイトが受かっても仕事先で直ぐにクビになる。その繰り返しをするうちに、部屋に戻るのが辛くなる。女神様は優しい。こんな俺を、傍に仕えさせてくれている。
「俺は……なにも、できていない?」
ポツリと呟き、ふらふらと道を歩いた。
大きな身体の男。しっかりとした筋肉。均整がとれているのを、ある男が見ていた。
「はぁ……どうしたら、バイトというものができるのだ?」
「坊主? バイト探してんのか?」
「っ!! 俺は坊主ではない!!」
「……ふむ……二の腕も、しっかり筋肉がついているな……」
「何をしている?」
声を掛けてきた、年若く見えるハロルドよりもずっと年上の男。泥などがこびりついているシャツにズボンを着ていた。「いい身体つきだ」とか言いながら、身体に触れて筋肉の付き具合を確かめている。
「おい、坊主。ちょっと来い!!」
「おい!!」
意外と力がある男が、ハロルドの腕を掴み引っ張る。連れて来られた場所では、何人かの男達が休んでいる。しかも、泥だらけの服だ。
「親父、どこ行ってたんだ? 作業がとまっちまうだろ?」
「あぁ、スマン。ほれ、コイツ? 使えそうだ」
「んっ? この男……どっかで見てんな?」
「おい、坊主。バイト、させてやろうか?」
【おやじ】と呼ばれた男にバイトという言葉が再び発せられた。そして、「アレ、運んでみな」と。
道に置かれている何かが入っている大きな袋が4つ。ハロルドは迷わず道の端から、男のところへと両肩に2つずつ担いで持ってきた。
「これで良いか? 御仁?」
「ふむ……おい、お前、名前は?」
「ハロルド。ハロルド・リヒタルトだ」
「よし、坊主!! 今から作業に取りかかるからな!!」
「っ?! 俺は、ハロルドだっ!!」
作業が始まって、どのくらい時間が経ったのか分からない。腹が減り、親父殿の合図で一旦引き上げとなった。ハロルドは、親父殿と若殿が仕事と部屋をくれることになった。
とにかく、バイトを探して金を稼ぐ。女神様に、それから逢えば大丈夫。と、ハロルドの中で考え、必死に働いた。
1週間。過ぎていたのを、ハロルドはバイト代を初めて貰い気が付いた。
「……1週間……」
「坊主さえ良けりゃぁ、これからも……」
「親父殿!! 1度、部屋に戻って!! 女神様に逢いに行きます!!」
「お、おぅ」
たまに、ハロルドが「俺は女神様と逢えて」「仕える女神様が」「とても美しくて優しく、花の匂いが」などと恍惚とした表情で言っているので。坊主の恋人か何かと思っていた。
バイト先にいると、連絡しているのかと思えば……携帯すら知らない。
初めてのバイトで、初めてバイト代を貰ったから。女神様に渡してきますと、親父の所から走って行った。
「親父……車出してやっても……」
「んっ、あの足に、追いつけると思うか?」
「あー……アレは、規格外だった……」
「まぁ、商店街で、ちょっとした有名人だから住んでる場所はだいたい分かる」
「八百屋とかであの量の野菜買ってる娘さんの……」
ハロルドは、規格外の走りで女神様。カノンの元へと急いだ。
彼女の心配をよそに……。
昼は、女神様の用意しているタッパーに入った昼を食べる。
「王子、今日は何を書いていたのですか?」
「コレ? 履歴書ってやつ」
「りれきしょ? ですか? どのような……」
王子の書いていた書類には、王子の肖像がハッキリと描かれている小さな絵。それも、鮮明な絵。
そして、王子の筆跡でたくさんの漢字とひらがなにカタカナ。文字を覚え始めたばかりで読める文字が少なかったが、王子の名前は読める。
フリードが丁寧に、教えてくれた。バイトという仕事をするには、【りれきしょ】という書類が必要で、【しょうめいしゃしん】という鮮明な肖像画が必要だと。
「王子は、バイトなる仕事はしなくとも……」
「何言ってるの? ただ飯ぐらいには、オレはならないよ? お前は、このままでいいと思ってるの? カノンちゃんは、何も言ってこないけどさ……」
「女神様のことを、またその様に軽々しく……女神様が許されていなければ、王子と云えど牢獄にいれています!!」
「……お前がどう解釈しようといいけど。あの量のご飯、毎日、3食だよ? どれだけお金が必要だと思う?」
食事の量? 俺は普通に食べているが。ふと、そう考えた時、「お前は、普通の男の4人分は食べているんだよ!!」とフリードは言った。
女神様の食事はどれも美味しく、「おいしい」と言って食べると彼女も笑顔で「よかった」と言っている。それの何がいけないのだろう? としか、彼は思っていない。
「アヤネちゃんも、カノンちゃんも、7日間のうち5日間は働きに行ってるよね? それで、お金を貰ってる。そのお金が、オレ達のご飯や衣服のお金に遣われている!! 分かってる?!」
「女神様は……傍に、お傍にいて……いいと……」
留守番し始めて、3ヶ月。この国に着て、春の終わりから日差しの強い夏に入った。その間に、王子は勉強と家事をどんどんと覚え、今度はバイトという仕事を始めると。
ハロルドは、近衛騎士として王子の傍に仕えている自分。女神様の傍に仕えている自分が、小さく見えた。何をしてきたんだ? 俺は? しかし……王子のように、【りれきしょ】を書くことはできない。
電子レンジで温めと、ほうきで掃き掃除、風呂掃除に風呂を沸かすしか出来ない。
「女神様は……女神様は……傍にいて、いいと……お傍に……仕えていいと……」
もう、彼は、女神様に早く逢いたい。帰ってきて、あの笑顔をまた見せて欲しいと思い始める。
その様子を見て、フリードは部屋から立ち去った。
帰宅してから、彼の様子がとてもオカシイことに歌音は気が付いた。何を聞いても、「お傍にいてもいいですか?」「傍にいたいです」などとしか言わない。
数日経つと、さらにハロルドの言動は悪化していく。
「女神様ぁ!! 帰ってきたんですね? 俺は、今日、ここまで進められました!!」
「うん、頑張ったよね。ハロルドさん」
小さく屈み、頭を撫でることを所望しはじめる。
大きな身体を彼女の手が届く位置に頭を下げ、優しく頭を撫でられ顔をあげた彼は。とても嬉しそうな瞳で、愛おしい人を見る瞳でいる。
歌音の小さな心臓が持ちそうにない。彼の頭を撫でた後の、彼の表情がとても好きになっている。
ーー女神様ぁ……こんなにも、女神様にお仕えする悦び。どう、お返しすればーー
ドク、ドクンッ……
「……ッ!!……」
「ハロルド、さ、ん? あの……だい、じょ……」
彼の瞳には、彼女しか映らなくなった。もう、女神様だけが自分の支えになっている。
跪いた彼は、手をとり甲に口づけをする。愛おしく優しくキスをし、彼女を見上げている。
「俺も……バイト、します……」
「……えっ?……バイト?」
「ハイ!! バイトなる働く方法があると、王子より以前聞きました!! 俺も、働きます!!」
「……で、でもね? ハロルドさん?」
「履歴書があるんですよね? 大丈夫です!! それは王子に書き方を教わります」
「バイト……本当に、するの?」
「ハイ!!」
さきほどの、表情から既にバイト探しに思考を切り換える彼。一体、どこにどういった思考の切り替えがあるのかが分からない。
突然、熱の籠もった瞳を向けている。かと思うと、女神様としか見ていない瞳。彼への想いに気づいてきた歌音にとって、彼の態度や表情は、どうしたら良いかが分からない。
彼自身は、自覚がない。彼女に、そういうことをしてしまっていることを……。
【数日後】
思っていたよりも、難しかった。何枚もの、履歴書をダメにしてしまっている。
王子も、「オレだって、何枚もの履歴書をダメにして今の仕事をさせて貰ってるよ」と言っていた。
近衛騎士を長年勤めている自負が、どんどん崩れさっていく。今日も、やっと受かったバイト先の初日だった。なのに、午前中で……「もう、こなくていいよ。こんなに仕事出来ないの、初めてだわ」と言われた。もちろん、給料はでなかった。仕事ができていなかったのだ。
その後も、バイトが受かっても仕事先で直ぐにクビになる。その繰り返しをするうちに、部屋に戻るのが辛くなる。女神様は優しい。こんな俺を、傍に仕えさせてくれている。
「俺は……なにも、できていない?」
ポツリと呟き、ふらふらと道を歩いた。
大きな身体の男。しっかりとした筋肉。均整がとれているのを、ある男が見ていた。
「はぁ……どうしたら、バイトというものができるのだ?」
「坊主? バイト探してんのか?」
「っ!! 俺は坊主ではない!!」
「……ふむ……二の腕も、しっかり筋肉がついているな……」
「何をしている?」
声を掛けてきた、年若く見えるハロルドよりもずっと年上の男。泥などがこびりついているシャツにズボンを着ていた。「いい身体つきだ」とか言いながら、身体に触れて筋肉の付き具合を確かめている。
「おい、坊主。ちょっと来い!!」
「おい!!」
意外と力がある男が、ハロルドの腕を掴み引っ張る。連れて来られた場所では、何人かの男達が休んでいる。しかも、泥だらけの服だ。
「親父、どこ行ってたんだ? 作業がとまっちまうだろ?」
「あぁ、スマン。ほれ、コイツ? 使えそうだ」
「んっ? この男……どっかで見てんな?」
「おい、坊主。バイト、させてやろうか?」
【おやじ】と呼ばれた男にバイトという言葉が再び発せられた。そして、「アレ、運んでみな」と。
道に置かれている何かが入っている大きな袋が4つ。ハロルドは迷わず道の端から、男のところへと両肩に2つずつ担いで持ってきた。
「これで良いか? 御仁?」
「ふむ……おい、お前、名前は?」
「ハロルド。ハロルド・リヒタルトだ」
「よし、坊主!! 今から作業に取りかかるからな!!」
「っ?! 俺は、ハロルドだっ!!」
作業が始まって、どのくらい時間が経ったのか分からない。腹が減り、親父殿の合図で一旦引き上げとなった。ハロルドは、親父殿と若殿が仕事と部屋をくれることになった。
とにかく、バイトを探して金を稼ぐ。女神様に、それから逢えば大丈夫。と、ハロルドの中で考え、必死に働いた。
1週間。過ぎていたのを、ハロルドはバイト代を初めて貰い気が付いた。
「……1週間……」
「坊主さえ良けりゃぁ、これからも……」
「親父殿!! 1度、部屋に戻って!! 女神様に逢いに行きます!!」
「お、おぅ」
たまに、ハロルドが「俺は女神様と逢えて」「仕える女神様が」「とても美しくて優しく、花の匂いが」などと恍惚とした表情で言っているので。坊主の恋人か何かと思っていた。
バイト先にいると、連絡しているのかと思えば……携帯すら知らない。
初めてのバイトで、初めてバイト代を貰ったから。女神様に渡してきますと、親父の所から走って行った。
「親父……車出してやっても……」
「んっ、あの足に、追いつけると思うか?」
「あー……アレは、規格外だった……」
「まぁ、商店街で、ちょっとした有名人だから住んでる場所はだいたい分かる」
「八百屋とかであの量の野菜買ってる娘さんの……」
ハロルドは、規格外の走りで女神様。カノンの元へと急いだ。
彼女の心配をよそに……。