リヴィ・スノウはやわらかな嘘をつく
「その壺は何が入っているのだろうか」
「……え?」
はじめての治療のとき、レインスは興味深そうに彼女の仕事籠について尋ねてきた。
そんなことを今まで誰かに聞かれたことはない。患者はなるべくリヴィと目を合わさないようにしていたから。
「こ、こ、これは……。清水です。あの、傷を浄化してくれます」
「どこで手に入れるんだ?」
彼はリヴィの瞳をまっすぐに捉え、純粋な好奇心を浮かべて尋ねる。リヴィはどぎまぎしてしまい、しどろもどろに答えた。
「アビダルの森の湖から汲んで……きます」
「あのような所まで行かれるのか。女性一人では危険だろう」
「あっ、あの……。はい、でも、ここは近い方ですし、馬車に乗っていくので、それに、アビダルの森は魔物がでないのです」
「そうなのか?……そういえば、アビダルの森で討伐をしたことはないな。なぜだろう」
彼は首を傾げる。まだこの地に来て日の浅いから知らないことも多いんだ、と彼は少し照れくさそうに頭をかいた。その眩しい仕草に、顔がさあっと赤くなるのが自分でもわかってしまう。
「ア、アビダルの森には、聖樹があるのでっ……この木の樹液で魔障の治療も行っています」
「なるほど。聖樹は魔物を退ける力があるという。だからなのか」
王都では知らなかったことばかりだ。彼は感心したように頷く。その爽やかな笑顔に、リヴィは思わず手元が滑ってしまった。
カランと音を立ててナイフが床に転がる。彼はそれを丁寧に拾い上げると、リヴィに手渡した。
「気をつけて。怪我をしたら大変だ」
腕の処置はかなりの痛みのはずなのに、文句の一つも言わずにじっと耐えながら治癒士の方を気遣う青年騎士に、リヴィの心はふわふわと踊り出す。
はじめて会ったときから、彼女にとってレインスは特別な存在だった。