幼馴染二人の遠回りの恋
エレベーターの扉が開いて混雑から抜け出てからも風馬は私の肩を抱いた手を離そうとはしなかった
それが今の私には心強かった
「さぁ、今日も頑張りますか」
「うんっ」
レガーメの大きな吹き抜けを眺めて気合を入れるのも風馬と私の朝のルーティン
吹き抜けが眺められるギリギリの四階をゲットした風馬に感謝する瞬間でもある
まだ有線放送も流れない共用部分から脚を進めると
吹き抜けを縁取るように設置されたエスカレーターは動いていなかった
レガーメの正面が開く十時までの僅かな時間を埋めるように
事務所に到着すると開店準備に没頭した
「棗」
「ん?」
「もしも、此処へアイツが来たら?」
普段、風馬と長い時間を過ごすのは十畳程の個室
デスクが二つもあるから応接セットは簡易的なものしか置けなかった
それは、風馬が秘書である私のデスクを脇に置くと言い張ったからなんだけど
こんな日は、なによりも風馬の側に居られることが心強い
「・・・どうしよう」
「って言うと思った」
「ん?」
「棗は自分のことになると途端に鈍いからな」
「・・・なに、それ」
「そんな棗に提案」
「うん」
「楓のことは事実を話すとしても
逆に棗がフリーだということが隙にならないか?」
「・・・でも」
あれから何年も経っているのに
晴雄が私のことを忘れていないとは思えない
今回のコレは楓を自分の子供だと勘違いしているからだと思うんだよね
「ほらな、やっぱり棗はダメだ」
「・・・?」
「男はさ」
「女々しいんでしょ?」
「「ブッ」」
嫌と言うほど聞かされた“女々しい”話に同時に吹き出した
「俺と付き合ってることにすれば」
「・・・え」
右斜め前から私を見る風馬の瞳は前髪に隠れて見えないけれど
記憶の中にある子供の頃の風馬の瞳が
こちらを見ているであろう視線と重なって見えた
「楓は椛の子供だし、棗は俺の彼女
アイツは五年も前の過去の人
ほら、付け入る隙は1ミリもないだろ」
「でも、それじゃあ」風馬に迷惑が
「棗になら迷惑をかけられても良いし
そもそも棗のことを迷惑だなんて思う訳ない
だから、それでいこう」
風馬の変わらない優しい口調に
ツンとする鼻の奥を誤魔化すために
コクコクと頷くので精一杯だった